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祝宴は、ない。どこか静かだったFA杯優勝。退屈な決勝でセメニョの美しい一撃。そして退任噂のペップはまたひとつトロフィーを積み上げた【現地発】

祝宴は、ない。どこか静かだったFA杯優勝。退屈な決勝でセメニョの美しい一撃。そして退任噂のペップはまたひとつトロフィーを積み上げた【現地発】


 試合後のウェンブリー・スタジアムで、ジョゼップ・グアルディオラ監督はしばらく周囲を見渡していた。

 歓喜する選手たち。少しずつ空席が増えていくスタンド。FAカップを手にしたばかりの監督に向けられるカメラ。そこには、いつものように大げさな感情を見せないペップがいた。

 だが、その表情を人々は見逃そうとしなかった。これが、マンチェスター・シティの監督として最後のウェンブリーになるのではないか。そんな視線が、スペイン人指揮官に向けられていた。

 本人は否定する。契約は2026-27シーズン終了まで残っており、最後まで全うするつもりだと繰り返している。自分の言葉が疑われることに、むしろ不満すら示した。

 それでも、今夏にはベルナルド・シウバとジョン・ストーンズがクラブを去る。10年近く続いた王朝が、少しずつ形を変えようとしているのは確かだ。

 節目のような日に、ペップはシティで20個目のタイトルを手にした。主要タイトルとしては16個目。3月のリーグカップに続き、今季2つ目の国内カップである。

 ただし、その勝ち方は華麗ではなかった。

 5月16日のFA杯決勝、チェルシー対シティは、なかなか試合が動かない、閉塞感の漂う90分だった。チェルシーは5バック気味に構え、中央を固める。シティはボールを握りながらも、いつものようなリズムで相手を崩せない。前半は決定機が少なく、試合は慎重さと停滞感に包まれた。
 
 ペップの選択にも違和感はあった。ラヤン・シェルキではなく、オマル・マルムシュを先発で起用。さらにロドリも万全とは言い切れず、シティは中盤で滑らかさを欠いた。だが、ペップはハーフタイムに修正する。シェルキを投入し、後半途中にはマテオ・コバチッチも加えた。

 均衡が破れたのは72分。右サイドへ流れたアーリング・ハーランドが低いクロスを入れる。ニアへ走り込んだアントワーヌ・セメニョは、右足の内側でわずかに角度を変えた。ボールはチェルシーのGKロベルト・サンチェスの脇を抜け、ファーサイドへ吸い込まれる。

 退屈な決勝に突然、美しい瞬間が落ちてきた。

 この一撃でシティは1-0で勝利した。内容で圧倒したわけではない。だが、試合を決めるべき場面で、決めるべき選手が現われた。

 そのセメニョの歩みを思えば、FA杯決勝のゴールにはより深い意味がある。

 26歳のアタッカーは、エリート街道を一直線に進んできたわけではない。ブリストル・シティ時代にはレンタルを重ね、2018年にはノンリーグ(5部以下)のバース・シティでもプレーした。

 そこから少しずつ階段を上がり、ボーンマスでプレミアリーグ屈指の推進力を持つ選手へと成長。昨季はプレミアリーグで11ゴールをマーク、今季も20試合で10ゴールを挙げた。そして今年1月、シティが獲得に踏み切った。

 移籍金は6250万ポンド。日本円で約120億円強の大型補強である。冬の移籍市場でこの額を投じることにはリスクもあるが、セメニョは加入直後からその疑問を消していった。
 
 FA杯3回戦のエクセター戦でデビューゴールを決めたセメニョは、リーグ杯、FA杯の両方でシティに新たな推進力をもたらした。

 ペップは加入時、セメニョにこう伝えたという。「自分のプレーを変えるな。混乱を作り出してくれ」と。

 この言葉は、今のシティをよく表わしている。かつてのシティは、緻密なポジショナルプレーで相手を窒息させるチームだった。だが今季は、以前ほどすべてを制御できない時間が増えた。だからこそ、セメニョのように予測不能な動きで壊す「個の力」が必要だった。

 決勝点は、まさに今のシティに必要とされる要素が凝縮されていた。ハーランドのクロスは速く、合わせるには難しい。セメニョは勢いを保ったまま、軌道を変えた。本能と技術が結びついたゴールだった。

 もともとは英国ロンドン生まれだが、代表では両親のルーツであるガーナを選んだ。「父は自分がガーナを選んだ時、本当に喜んでいた」という。このガーナ代表アタッカーは、6月から始まる北中米W杯でも光り輝くだろう。
 
 対戦相手のチェルシーは最後まで粘った。だが、決勝で見せたのは「勝ちにいく」姿勢というより、「負けない」ための戦い方だった。

 大金を投じたチームでありながら、実質5バックで守りを固め、攻撃では迫力を欠いた。翌日にはシャビ・アロンソ新監督の就任が発表された。レバークーゼンで名を上げた若き指導者は、この停滞した空気を変えられるのか。チェルシーにとって、この敗戦はひとつの区切りになる。

 一方のシティに祝宴はなかった。ペップは試合後、「ビール1杯もない」と語った。19日にはアウェーでボーンマス戦、24日には最終節のアストン・ビラ戦が控える。プレミアリーグでは首位アーセナルを勝点2差で追っており、国内三冠の可能性はまだ残されている。

 そのせいだろうか、このFA杯優勝はどこか静かだった。今週、ペップは「これほどウェンブリーで勝っているのだから、自分の名前を冠したスタンドがあってもいい」と冗談を飛ばしていた。実際、彼はウェンブリーで何度もタイトルを掲げてきた。ウェンブリーは、シティ黄金時代を象徴する舞台でもあった。

 今季限りで退任するのでは──そんな噂について、ペップ本人は「人々は存在しないものを見ている」と言う。

 本当にそうなのかもしれない。だが、ひとつの時代の終わりは案外、静かに近づいてくる。主力が去り、チームのカラーが少しずつ変わっていく。それでも勝ち続けるなかで、気づけば次の時代が始まっている。

 退屈な決勝を救ったのは、ノンリーグから這い上がったセメニョの一撃。そしてその一発で、ペップはまたひとつトロフィーを積み上げた。今季のFA杯は、今のシティを映し出すようなタイトルだった。

取材・文●田嶋コウスケ

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配信元: SOCCER DIGEST Web

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