「優勝が久しぶりすぎて、本当に実感が湧かないです」
トロフィーを高々と掲げてから、数時間後――。新潟県長岡市の実家に向かう車の中にいても、まだ彼女は、どこか信じられないような心持ちだったという。
5月18日から24日に群馬県高崎市で開催された女子テニスの「高崎国際オープン」。ITF(国際テニス連盟)大会群としては最高グレード「W100」で頂点に立ったのは、予選から7試合を勝ち抜いた、25歳の内藤祐希だった。
内藤の名が日本のテニス関係者たちの間で広く知れ渡ったのは、10年半前。当時14歳の彼女が、大阪市開催の「世界スーパージュニア」で決勝に進出した時だろう。ボールを捉える手の感覚の良さと、力みのないフォームで最大出力を生む高い身体能力は、誰もが認める彼女の才覚。多くの大会が主催者推薦枠(ワイルドカード)を与えるなど、世界への道を整えてきた。
果たして10代の内藤は、天真爛漫にその道を駆け抜けた。18歳で世界ランク200位を突破し、2020年の全豪オープン予選にも出場。キャリア最高位の169位に達したのは、20歳時のことだ。
ただその頃から、戦績的には足踏みが続き、ランキングは徐々に下降し始める。最後にグランドスラム予選に出たのは、23年1月の全豪オープン。一時期の体調不良はあったものの、大きなケガなどがあったわけではない。その明確な理由なき状況が、迷いの霧を一層濃いものにした。時を前後し、内島萌夏や本玉真唯、坂詰姫野ら同世代の選手たちが躍進したことも、焦燥感に拍車をかける。
「周りから『祐希ちゃん、どうしたの?』とか『なんか調子悪いね』とか......、色んな声は耳に入ってきて、それで自分で自分を苦しめていた部分はありました。期待されていることがわかっているぶん、悩むというか。ここ2~3年は結果もついてこないし、気持ち的にも自信なくなっちゃいますし」
ソーシャルメディア(Instagram)をやめたのも、その頃のこと。
「周りの選手たちが、結果を出しているのを見るのが、つらくなった。一緒にグランドスラム予選に出ていたメンバーたちが本戦に上がっているのに、私はどんどん落ちていく。そういう感情は、本当は自分でコントロールできることなんですけど、でも若さもあってか、うまくできなくて」
耳と目を覆っても、飛び込んでくる情報が彼女の心をかき乱す。25年シーズンは、546位で終えた。
上に行くには、何かを変えなくてはいけない――。そんな思いを抱きながら......。
「祐希ちゃんのセンスは間違いない。でも僕が最初に彼女に言ったのは、『センスや才能だけで上に行けるほど甘い世界じゃないよ』ということでした」
今年3月から内藤を指導する、原田夏希氏が言う。ナショナルチームのコーチでもあった原田氏は、日本女子トップ選手のコーチを歴任。伸び悩んでいた時期の奈良くるみを、200位台から32位まで引き上げた手腕でも知られる名指導者だ。
原田氏は今季から、亜細亜大学女子テニス部監督の長久保大樹氏やトレーナーの今泉智仁氏と共に、チーム『Quest』を発足。山﨑郁美や松田美咲らで賑わうそのチームの輪に、この初春、内藤も飛び込んだ。
内藤の高いポテンシャルは、原田氏も認めている。ただ優れた手の感覚ゆえに、フットワークなどの基礎が「雑」になっているとも感じていた。
「だから僕らがやってきたのは、本当に基礎的なこと。ボールを手出ししながらのフットワーク練習が中心です。練習と試合のギャップがなくなるように、丁寧に、コツコツと同じ練習を繰り返してきました」
そのような地道な練習から彼女が逃げなかったのは、「チームの存在が大きかったのではないか」と原田氏は見る。
「周りの子たちも同じ練習を一生懸命やっている。うまくなってきた子を見たら刺激になるし、お手本にもできる。同時に自分も、周囲のお手本にならなくてはという意識も出ているんじゃないかな」
「意外と面倒見がいいんですよ、彼女」。そう言い原田氏は笑った。
「えー、全然そんなことないです! そんなふうに言われたことないですよ」
原田氏の「面倒見がいい」見解を、内藤は激しく否定する。ただ「チームの存在」が大きいことには、全面的に賛同した。
「環境を変えてフレッシュな気持ちもあるし、周りが頑張ってると、自分も頑張ろうってなります。苦しくても仲間がいて、夜ご飯も一緒に食べたりしていると、やっぱり楽しいですよね」
コーチが2人体制であることも、大きいと内藤は言った。
「フットワークが悪いというのは、これまでも色んな人に言われてきたことなんです。でも、何がどう悪いのかわからない。どういうのが良いフットワークかわからなかった。そのなかで、夏希さんは細かく具体的に教えてくれる。夏希さんの言っていることが難しくてわからない時には、長久保コーチがかみ砕いて説明してくれる。他の選手にも聞いて練習して、それの繰り返しです」
丁寧に手出しされるボールに対し、内藤も丁寧な足運びで、しっかりとボールの後ろに入る。浅いボールにはどのようなステップで入るべきか? それらを言われた通りに繰り返す中で、練習中でも、自分の上達を実感できたという。
練習で得た自信を胸に試合コートへ向かうと、今度は勝利という誰の目にも明確な形で、取り組みが結実した。4月の「安藤証券オープン」では予選を突破し、本戦初戦では136位のプリシラ・ホンに快勝。翌週の岐阜大会でも、予選を突破し本戦2回戦へ。
どの大会、どの試合でも原田コーチに言われ続けてきたのは「相手を気にせず、自分のプレーに集中すること」。やるべきことを明確化することで、メンタル面の浮き沈みも少なくなってきた。
高崎大会の優勝は、それら取り組みの最初の集大成だと言えるだろう。準決勝の小堀桃子戦は、試合の流れがネット上を行き来する大接戦。際どい判定に心乱されそうになりながらも、丁寧なフットワークと改良してきたサービスで切り抜けた。
決勝戦は、第1セット序盤でリードするも追い付かれる嫌な展開。それでもゲームカウント4-4の局面で「ニューボールだから自分のゲームはキープできる」と、落ち着いて思えたという。
果たしてこのゲームをキープすると、次のゲームでブレークに成功。芝巧者のバレンティナ・リサー(スイス/354位)のカウンターを、高い軌道のストロークで封じ、主導権を手繰り寄せた。
この優勝でランキングは、437位から286位へと急上昇。ただもちろん、ここが彼女の目的地ではない。「優勝の実感」以上に確かな成長の手応えを携えて、かつていた場所の、そのさらに先を目指す。
取材・文●内田暁
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