
海の中には、私たちが気づかないほど小さな“宝石”が隠れています。
台湾北部の海で見つかった新種のウミウシ「テカセラ・セサマ(Thecacera sesama)」は、その代表例かもしれません。
体長はわずか3ミリメートル未満で、米粒よりも小さなサイズです。
半透明の体には黒と黄色の斑点が散らばっており、まるでゴマをふりかけたような姿をしています。
この研究は、国立台湾海洋大学(NTOC)などの研究チームにより、2026年5月11日付で学術誌『ZooKeys』に掲載されました。
目次
- 学部生が偶然見つけた「ゴマ粒サイズ」のウミウシ
- 小さすぎる生き物が教える、台湾の海の奥深さ
学部生が偶然見つけた「ゴマ粒サイズ」のウミウシ
今回発見されたテカセラ・セサマは、裸鰓(らさい)類と呼ばれるウミウシの仲間です。
裸鰓類は、貝殻を持たない軟体動物の一群で、鮮やかな色や不思議な形をしていることで知られています。
ただし、そのすべてが目立つ存在というわけではありません。
今回の新種は体長が最大でも2.83ミリメートルほどしかなく、水中で肉眼で見つけるのは非常に困難です。

最初にこのウミウシを見つけたのは、ホー・ヨン・チャン(Ho-Yeung Chan)氏でした。
チャン氏は現在、国立台湾海洋大学の研究者ですが、発見当時の2019年にはまだ学部生でした。
レクリエーションダイビング中に、台湾北部の海で偶然この小さなウミウシを発見したのです。
ただし、その場ですぐに新種だと分かったわけではありません。
チャン氏は後に、Facebookを通じてウミウシの同定に詳しい専門家に相談し、この個体が既知種とは異なる可能性に気づきました。
偶然の出会いと、現代的な専門家ネットワークが結びついたことで、ゴマ粒ほどの小さな生き物が新種として世に出ることになったのです。
種小名のセサマ(sesama)は「ゴマ」に由来します。
台湾のダイバーたちがこの生き物を中国語で「ゴマ」と呼んでいたこと、そして実際にゴマ粒のように小さいことから、この名前が付けられました。
小さすぎる生き物が教える、台湾の海の奥深さ
チームは、このウミウシを単に「見た目が珍しいから新種」と判断したわけではありません。
外部形態の観察に加えて、ミトコンドリアDNAの一部(16S rDNAとCOI遺伝子)を調べ、既知の近縁種と比較。
その結果、テカセラ・セサマは既知種とは異なる独立した種であることが示されました。
さらに興味深いのは、このウミウシの暮らし方です。
観察された主な行動は、摂食、探索、交尾、産卵の4つでした。
とくに、コケムシ類と呼ばれる小さな水生無脊椎動物の上で暮らし、そこに卵を産むことが確認されています。
コケムシ類は一見すると海藻やコケのように見えることもありますが、実際には小さな動物の集まりです。
しかも、テカセラ・セサマが利用しているコケムシ自体も、まだ正式に記載されていない新種である可能性があります。
つまり今回の発見は、1種類の小さなウミウシが見つかっただけではありません。
その周囲にある小さな生態系そのものが、まだ十分に知られていない可能性を示しているのです。

台湾北部の基隆沿岸は、調査に適した場所ばかりではありません。
夏には台風が多く、冬には季節風によって大きな波が立ちます。
海水温が16度を下回ることもあり、研究者が潜水して調査できる期間は、1年のうち限られた時期だけです。
その短い機会の中で、3ミリメートル未満の生き物を見つけるには、技術だけでなく幸運も必要になります。
海は広く、しかも私たちが見落としている世界は驚くほど小さいものです。
ゴマ粒ほどの新種ウミウシの発見は、台湾の海にまだ多くの未発見生物が眠っていることを教えてくれます。
大きな生き物だけが、新発見の主役ではありません。
時には、指先にも乗らないほど小さな生き物が、海の生物多様性の深さを静かに物語っているのです。
参考文献
Tiny sesame sea slug species discovered in the waters of northern Taiwan
https://phys.org/news/2026-05-tiny-sesame-sea-slug-species.html
Seed-size sea slug looks like an everything bagel
https://www.popsci.com/environment/new-sea-slug/
元論文
Thecacera sesama sp. nov. (Nudibranchia, Polyceridae) from Taiwan, evident from morphology and phylogenetic analyses of the 16S rDNA and cytochrome c oxidase I gene
https://zookeys.pensoft.net/article/184298/
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

