
5月27日(水)にDVDおよびBlu-rayが発売されるアニメーション映画「ひゃくえむ。」。本作のパッケージに収録された映像特典には、およそ4年に及んだ制作へのこだわりと情熱が記録されている。そこから見えてくるのは単なるメイキングの域を超えて、登場キャラクターのトガシや小宮が抱く渇望に引けを取らないクリエイターたちの執念だ。アニメーションという表現媒体において「生々しさ」をどう獲得するのか。本作が到達した写実性とアニメ的熱量の融合について、音響や音楽の緻密な構築プロセスを中心に探っていく。
■2人が持つ“本気の熱”を克明に描いた映画「ひゃくえむ。」
劇場アニメ「ひゃくえむ。」は「チ。―地球の運動について―」で知られる漫画家・魚豊の連載デビュー作を映像化した劇場アニメーションだ。前作「音楽」で国内外から高い評価を得た岩井澤健治が監督を務め、100m走にすべてを懸ける者たちの情熱と狂気を独自の視点で切り取っている。声の出演には松坂桃李と染谷将太を迎え、対照的な2人の主人公を演じた。
物語の軸となるのは“才能型”のトガシと“努力型”の小宮が織りなす関係性。生まれつき足が速くその才能によって友達や居場所を獲得してきたトガシは、つらい現実から逃れるためにがむしゃらに走る転校生の小宮と出会う。
トガシが走りの基礎を教えたことを契機に小宮は記録更新へ貪欲にのめり込み、2人はライバルであり親友とも呼べる絆を深めていく。「大抵のことは100mを誰よりも速く走れば解決する」という言葉で始まった、10秒に満たない一瞬の煌めきに人生を捧げた若者たちの残酷で熱い人間ドラマが展開される。
そんな映画「ひゃくえむ。」の根幹を成す映像技法が、実写で撮影した映像をベースにアニメーションを描き起こすロトスコープ。同技法によって抽出された人間の動きは、従来のアニメらしさを超えた独特の生々しい質感を持つ。
たとえば岩井澤健治監督は映像特典に収録されたインタビューのなかで、撮影初日の段階から「想像以上に役者陣の演技がバッチリで役作りをしてきてくれた。見えたいところが出ている」とたしかな手応えを口にしている。
ロトスコープ技法は“絵”としての表現力や簡略化されたアニメのわかりやすさではなく、いわば実写をトレースして絵に描き起こすような“動きの説得力”に力を発揮する撮影方法。ロトスコープ撮影に参加した役者陣の身振り手振りが真に迫っていれば、そのままアニメにしたときの説得力にも繋がる。
■ロトスコープ技法がもたらす「生っぽさ」と「アニメ的熱量」の同期
本作の映像表現は単なる“現実の模写”にとどまらない。通常のロトスコープ作品であれば、照明やカメラの色味といった物理的なセッティングに多大な時間を割く。だが本作では役者の発する熱量や細かいニュアンスをすくい取ることに注力。映画のクライマックスにある日本記録保持者へのインタビューシーンでは手持ちカメラを多用したドキュメンタリータッチの演出が採用されている。意図的なカメラのブレがもたらす臨場感が、挫折の瞬間をより残酷に切り取った。
オーディション時から原作の良さを映画に落とし込むための アプローチを模索し、声のトーンや些細な仕草に至るまでこだわり抜いたという。結果として役者が放つ生っぽい演技のニュアンスと、作画過程で付与されるアニメーションならではのスピード感が見事に同期している。
たとえば、本作の劇場版制作の前に、ロトスコープと陸上の相性を確かめるクリエイティブテストとして制作されたわずか1分34秒という尺しかない映像特典「パイロット版」。そこにはすでに、尋常ではない迫力と緊張感が映像からあふれ出している。ロトスコープ技法による生々しさ、アニメ表現が生むインパクト。パイロット版というタイトルに驚くような完成度が、そこにはあった。
リアルな説得力とアニメらしい表現力。どちらかを捨てず、融合を追い求めた末に生まれたのが「ひゃくえむ。」の“生々しさ”なのだ。
■キャラクターも、スタッフも…人生を変えるほどの熱量が心を揺さぶる
映像表現の追求に加えて、本作が圧倒的な没入感を生み出している最大の要因は緻密に設計された音響と音楽にある。
アニメーションにおける効果音の役割は極めて複雑だ。単にリアルな音をそのまま当てれば成立するわけではなく、“アニメの絵に対する音”としての正解を見つけ出す必要がある。靴がトラックを蹴る音を撮ればいいのではなく、絵の動きに合わせた遠近・緩急の表現がなければ映像に説得力はつかない。
そうしたこだわりは特典のスタッフオーディオコメンタリーでも語られていたものだが、監督は映像特典のインタビューで「リアルな音」と「絵に対する音」のバランスに配慮したと明かす。写実的な説得力を保ちながらアニメとしてのリアリティーを構築する難しさ。だがそれを納得のいくレベルで組み立てられたからこそ、劇場という密閉空間で聴くことを前提にして効果音を“攻めた音量”にできたわけだ。
さらに特筆すべきは劇伴音楽の制作手法。映像特典に含まれる監督と音楽を担当した堤博明の対談を紐解くと、その特異な制作プロセスが如実に浮かび上がる。一般的なアニメ制作では発注されたメニュー表に基づいて作曲家が楽曲を納品し、それを映像に当てはめていく。しかし「ひゃくえむ。」においては監督自らが作曲家の自宅スタジオに赴き、ゼロベースから一緒に音を作り上げるという距離の近い 体制が敷かれた。
計3回にわたる密な打ち合わせでは、曲によっては一音一音に至るまで徹底的な検証がおこなわれたというから驚きだ。時には既存のアイデアを完全に破棄し、尺の制約に囚われずに映像の感情を最優先に楽曲を構築することもあったという。
堤が「ミラクルがたくさん起きたなっていうのを今回感じましたね」と感慨深げに語ったのは、“映像を優先して音楽を作ったときの化学反応”だ。映像と音楽が互いに食い合い、高め合う奇跡的なバランス。妥協なき共同作業によって生まれた生の音に吹き込まれた魂が、アニメーションのフレームに確かな血を通わせている。
本作の制作には4年以上の歳月が費やされている。インタビューでは監督が制作の苦労を吐露し、同時に「メンバーの1人でも欠けていれば今の作品にはならなかった」と語った。
各セクションのスタッフがそれぞれ徹底的にこだわり、長い時間を掛けて己から削り出した結晶が劇場アニメ「ひゃくえむ。」。狂気や執念とも換言できる圧倒的な熱量こそが、同作の核に他ならない。
ただ実写映像をトレースして1枚の絵から動きを繋げただけでも、普遍的なSEを散りばめるだけでも、ただ雰囲気にあった音楽を当てるだけでも劇場アニメ「ひゃくえむ。」の世界は完成しなかった。トガシや小宮が陸上競技に懸ける“人生を変えるほどの熱量”。これを表現するには、制作スタッフ自身にもキャラクターたちと同じだけの狂気的な情熱が必要だったのだ。
コスパ、タイパを重視する人間が増えた令和の時代。本気で打ち込む人間が冷笑されがちな現代だからこそ、「ひゃくえむ。」は挑戦する人の背中を押す大きなバイブルとなる。原作に宿る魚豊の想い、そして映像特典に収められた劇場アニメ「ひゃくえむ。」を作り上げたスタッフの熱量。すべてを味わえば、「どうせ自分なんて」と冷えた心も動き出すに違いない。

