
川の水をすくって調べると、そこには目に見えない小さな生き物たちの世界が広がっています。
しかし今回、神奈川県鎌倉市を流れる稲瀬川の淡水から見つかったのは、普通のウイルスのイメージを大きく超える存在でした。
東京理科大学大学院の研究チームは、新種の巨大ウイルス「フルティヴォウイルス」を発見したと報告しました。
このウイルスは、単細胞アメーバに感染する巨大ウイルスであり、宿主細胞の核膜を崩壊させながら、核の内部でウイルス粒子を形成するという独自の増殖戦略を持っていました。
研究の詳細は2026年5月14日付で学術誌『Journal of Virology』に掲載されています。
目次
- 鎌倉の川から見つかった巨大ウイルス
- 核膜を壊しながら、核の中で粒子を作る
鎌倉の川から見つかった巨大ウイルス
ウイルスというと、多くの人は「とても小さく、単純な病原体」を思い浮かべるかもしれません。
しかし巨大ウイルスは、その名の通り、通常のウイルスとは桁違いに大きなゲノムや粒子サイズを持つウイルス群です。
中には、ウイルスというより小さな細胞に近いような複雑さを備えたものもあり、近年では生命進化を考える上でも注目されています。
今回、研究チームは神奈川県鎌倉市の稲瀬川から採取した淡水サンプルを調べ、単細胞アメーバの一種であるヴェルムアメーバに感染する新種の巨大ウイルスを分離しました。
【発見された巨大ウイルスの画像がこちら】
このウイルスは、最初から堂々と見つかったわけではありません。
スクリーニングの過程で、サンプル中にいた別のウイルスであるファウストウイルスの感染の陰に、こっそり隠れるように存在していたのです。
そのためチームは、ラテン語で「隠れた、こっそりとした」を意味する「furtivus」にちなみ、この新種を「フルティヴォウイルス」と名づけました。
ゲノム解析の結果、フルティヴォウイルスは全長56万176塩基対の線状二本鎖DNAを持ち、656の推定コード配列を含むことが分かりました。
さらに、タンパク質共有ネットワーク解析、系統ゲノム解析により、フランスで2021年に発見されたクランデスティノウイルスと近縁であることも示されました。
ただし、この研究の面白さは「新種を見つけた」という点だけにありません。
本当に奇妙だったのは、このウイルスが宿主の細胞核をどのように利用して増えるかでした。
核膜を壊しながら、核の中で粒子を作る
細胞核は、真核生物の細胞においてDNAを収める重要な場所です。
ヒトを含む真核生物の細胞では、核膜が細胞核を包み、遺伝情報を守る区画として働いています。
ところがフルティヴォウイルスは、この核膜との関わり方が非常に独特でした。

電子顕微鏡による観察の結果、アメーバへの感染初期には、細胞質(細胞の中で、細胞核以外の部分を満たしている領域)に空のカプシド(※)が現れ、その後、宿主細胞の核膜が崩壊していく様子が確認されました。
※ カプシドとは、ウイルスの遺伝情報を包むタンパク質の殻のこと。
さらに感染が進むと、そのカプシドが細胞核の内部、つまり核質へ移動し、そこでウイルスDNAがカプシド内に詰め込まれていきました。
つまりフルティヴォウイルスは、宿主の核膜を崩しながら、空のカプシドを核質へ移行させ、そこでカプシドにウイルスDNAを詰め込んでウイルス粒子を完成させるという、これまで知られていなかった複製様式を持っていたのです。
これは、同じ巨大ウイルスであるメドゥーサウイルスやウシクウイルスとも異なります(下図を参照)。

メドゥーサウイルスは宿主の核膜を壊さずに保ったまま増殖。
ウシクウイルスは宿主の核膜を破壊したあと、細胞質側にウイルス工場を形成し増殖。
これらに対して、フルティヴォウイルスは、核膜を崩壊させたうえで、(細胞質側にウイルス工場を作るのではなく)、宿主の細胞核の内部にある核質にカプシドが移動し、そこにウイルスDNAを詰め込み、ウイルス粒子を完成させるという独自の方法をとっていました。
近縁な巨大ウイルスであっても、細胞核の使い方がここまで異なるという点は、チームにとっても予想外の発見でした。
さらに比較ゲノム解析では、フルティヴォウイルス、クランデスティノウイルス、ウシクウイルス、ウサルパティウイルスの4種が明確な単系統群を形成することが示されました。
チームは、この4種からなる新しい科を「マネスウイルス科」と命名しました。
また、このマネスウイルス科は、既知の巨大ウイルスであるマモノウイルス科の姉妹群として位置づけられました。
そのためチームは、従来想定されていたパンドラウイルス目ではなく、マネスウイルス科とマモノウイルス科を統合する新しい「目」を創設することを提唱しています。

なお、フルティヴォウイルスは淡水中のアメーバに感染するウイルスとして見つかったものであり、現時点で人間に感染したり、病気を引き起こしたりすることを示す報告はありません。
今回の研究は、感染症リスクというより、巨大ウイルスと細胞核の関係を探る基礎研究として位置づけられます。
今回見つかったフルティヴォウイルスは、宿主の核膜を壊しながら、核の内部を利用してウイルス粒子を作るという不思議な性質を持っていました。
このようなウイルスを比較していくことで、巨大ウイルスが細胞核とどのように関わり、真核生物の進化とどのように結びついてきたのかが、少しずつ見えてくる可能性があります。
鎌倉の小さな川から見つかった「こっそり者」の巨大ウイルスは、私たちの細胞核の起源を考えるための、大きな手がかりになるかもしれません。
参考文献
新種の巨大ウイルス「フルティヴォウイルス」を神奈川県鎌倉市の淡水から発見 ~新しい「科」の創設と、新しい高次分類群「目」の提唱~
https://www.tus.ac.jp/today/archive/20260526_4546.html
元論文
Refining a giant virus lineage: a novel order unifying Mamonoviridae and “Manesviridae,” unveiled by the discovery of furtivovirus
https://doi.org/10.1128/jvi.02031-25
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

