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「切り落とされたナマコ断片」が3年以上生存、”ゾンビ組織”研究が生命観を揺さぶる

「切り落とされたナマコ断片」が3年以上生存、”ゾンビ組織”研究が生命観を揺さぶる

ナマコから切り離された断片が、3年間生き続ける。※イメージ / Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部

切り離された肉片が、何年も生き続ける。

そんなホラー映画のような現象が、実際の海底生物で確認されました。

カナダのニューファンドランドメモリアル大学(MUN)などの研究チームは、ナマコの一種 Psolus fabricii の切断組織が、自然海水中で3年以上にわたり活動を続けたと報告しました。

しかもその組織は、ただ腐らず残っただけではありません。

傷を修復し、初期には細胞分裂や細胞の入れ替わりを示し、海水から栄養を吸収しながら、自らの組織を再編成していたのです。

この発見は、「生きている」とは何かという生命観そのものを揺さぶる可能性があります。

研究の詳細は2026年5月27日付で科学誌『Science Advances』に掲載されました。

目次

  • 切り離されたナマコ組織が「3年間」生き続ける
  • 傷を治し、免疫を動かし、海水から栄養を吸う組織

切り離されたナマコ組織が「3年間」生き続ける

動物の体から切り離された組織は、普通そのままでは長く生きられません。

体内から切り離されると、血液や体液による酸素や栄養の供給が途絶え、免疫の防御も失われます。

さらに自然環境では、細菌や微生物による分解が始まります。

そのため、切断された組織はやがて壊死し、腐敗していくと考えるのが自然です。

一方で、生物学には「不死化細胞」と呼ばれる有名な例があります。

たとえばヒト由来のHeLa細胞のように、実験室で長く増殖し続ける細胞株は、医学研究に大きく貢献してきました。

しかし、これは基本的に「細胞」を管理された環境で増やす技術です。

では、自然環境で長く生き続ける組織は存在するのでしょうか。

今回、研究チームが注目したのは、棘皮動物に属するナマコです。

棘皮動物にはヒトデやウニも含まれ、腕や内臓などを再生する能力で知られています。

研究の対象となった Psolus fabricii は、冷たい海にすむナマコで、岩などに付着するための管足や、餌を集める触手を持っています。

管足とは、ナマコやヒトデなどに見られる小さな足のような器官で、岩にくっついたり移動したりするために使われます。

これらの部位は自然界でも傷ついたり失われたりしやすく、再生能力を調べるうえで適した組織だと考えられました。

そこで研究チームは、Psolus fabricii の管足、管足がまとまった足裏側の組織、触手、体壁などを切り離し、自然海水が流れる環境で観察しました。

ここで重要なのは、実験が無菌培地ではなく、微生物や有機物を含む自然海水中で行われた点です。

つまり、通常の細胞培養とは逆に、微生物や有機物に満ちた自然環境で、組織がどうなるかを調べたことになります。

結果は驚くべきものでした。

管足や管足がまとまった部分、触手の組織片は傷口を閉じ、細胞活動を維持し、長期間生存しました。

正式な1年間の実験に加え、その後の観察でも、管足や管足がまとまった部分の組織片は3年以上にわたって維持されました。

研究者たちは、こうした組織片を living immortal P. fabricii explants、略してLiPfeと呼んでいます。

今回の成果は、「新しいナマコが生まれた」という話ではなく、切り離された複雑な組織が自律的に治癒し、長く維持されたという発見です。

では、その“ゾンビ組織”の内部では何が起きていたのでしょうか。

傷を治し、免疫を動かし、海水から栄養を吸う組織

切断直後の管足組織は、当然ながら傷ついていました。

切断面では表皮が壊れ、内部組織が露出していました。

普通ならここから微生物が侵入し、組織は崩れていくはずです。

ところが Psolus fabricii の組織片では、まず傷んだ組織が取り除かれ、その後、周囲の表皮が巻き込むようにして傷口を閉じていきました。

実験では、切断から6日ほどで傷口が閉鎖されたことが確認されています。

これは、単に組織が腐らず残ったという話ではありません。

組織が自分で損傷部位を処理し、修復を進めていたことを意味します。

さらに研究チームは、細胞分裂とアポトーシスも確認しました。

細胞分裂は新しい細胞を増やす働きであり、アポトーシスは傷んだ細胞や不要な細胞を、体の仕組みで片づける働きです。

傷の修復では、この「増やす」と「片づける」が協調して働く必要があります。

今回の組織片でも、切断後の初期段階で細胞分裂とアポトーシスが周期的に変動しており、組織がただ受動的に残っていたのではなく、動的に再構築されていたことが示されました。

また、ナマコの免疫細胞である Coelomocyteも重要な役割を果たしていました。

これは大まかに言えば、人間の白血球のように、傷口を守ったり異物を処理したりする細胞です。

自然海水中には多くの細菌や微生物が存在します。

それにもかかわらず組織片が崩壊しなかったのは、この免疫細胞が傷口の保護や清掃を担っていたためだと考えられます。

さらに不可思議なのは、切り離された組織には口も胃もないという点です。

食べることができない組織が、どうやって数年も生き続けたのでしょうか。

研究チームは実験から、組織片が海水中に溶けたアミノ酸を吸収していることを明らかにしました。

つまり、この組織は外から餌を食べるのではなく、周囲の海水に溶け込んだ栄養を直接取り込んでいた可能性があります。

加えて、内部では筋肉組織が徐々に失われ、結合組織が優勢になっていきました。

研究者たちは、移動する必要のない組織片では筋肉の役割が小さくなり、その一部が分解されて栄養源として使われた可能性があると考えています。

組織は生き延びるために、自分の構造を作り替えていたのかもしれません。

一方で、すべての組織が同じように生き延びたわけではありません。

体の奥にある体壁の組織片は傷を修復できず、比較的短期間で崩壊しました。

また、他の棘皮動物の管足や触手でも初期の治癒は見られましたが、Psolus fabricii のように3年以上維持されることはありませんでした。

このことから、今回の現象は棘皮動物全般に共通する単純な再生能力ではなく、Psolus fabricii に特有の性質である可能性があります。

なぜこの種だけが、ここまで強い組織維持能力を持つのでしょうか。

論文では、Psolus fabricii が持つ特殊な化合物や、免疫細胞の働き、結合組織の再編成、栄養吸収能力などが関わっている可能性が示されています。

ただし、詳しい仕組みはまだ解明されていません。

今後は、長期間生き続ける組織で細胞老化が抑えられているのか、どの遺伝子や分子が関わるのか、なぜ自然海水中の微生物環境に耐えられるのかを調べる必要があります。

この研究は、すぐに再生医療へ応用できる技術を示したものではありません。

しかし、複雑な動物組織が体から切り離された後も、傷を治し、免疫を働かせ、栄養を取り込み、数年単位で生き続けられるという事実は、組織工学や老化研究に新しい視点を与えます。

生命は、私たちが思っているほど「個体」という枠に閉じ込められていないのかもしれません。

参考文献

Scientists Find Groundbreaking Potential for Tissue Regrowth and Immortality in the Ocean
https://www.bigelow.org/news/articles/2026-05-27.html

元論文

Natural tissue immortality: Indefinite survival of sea cucumber explants
https://doi.org/10.1126/sciadv.aeb1394

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

配信元: ナゾロジー

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