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あまりにも“不確定要素”が多いブラジル代表の現状――ネイマール選出による「狂騒曲」とアンチェロッティ監督が抱える「光と影」【北中米W杯 現地発コラム】

あまりにも“不確定要素”が多いブラジル代表の現状――ネイマール選出による「狂騒曲」とアンチェロッティ監督が抱える「光と影」【北中米W杯 現地発コラム】

2002年の日韓ワールドカップ、横浜でブラジル代表がトロフィーを掲げてから、24年が過ぎた。

 長く、苦しい24年だった。待ち続け、失望し、監督は何度も交代し、内部崩壊も起き、酷い試合もあり、果たされない約束ばかりが積み重なった。サッカーを愛する者たちにとっては、悲しみの24年でもあった。

 世界の反対側、日本から帰国したあの日以来、セレソンは5度のW杯に出場しながら、一度も優勝できていない。14年の自国開催では準決勝でドイツに1対7という屈辱的なスコアで敗れた。あの悪夢を、ブラジル人は今も忘れていない。

 そして、26年ワールドカップが間もなくやって来る。もう一度世界王者になりたい、もう一度“ジョゴ・ボニート(美しいサッカー)”を見たい、もう一度笑い、泣き、歓喜したい、という希望とともに。

 しかし、今のブラジルは、また以前と変わらぬ同じ不安と疑問を抱えたまま本大会に向かっている。近年のセレソンは、「困難」という言葉だけでは表現できないほどの混乱期だった。

 カタールW杯後、ブラジルは何度も監督を交代した。準々決勝のクロアチア戦敗退後にチッチが辞任。暫定監督のラモン・メネゼスは3試合、フェルナンド・ディニスは6試合だけ指揮を執ったが、すぐに解任された。

 その後、正式監督に就任したドリバウ・ジュニオールは、何とかチームを立て直そうとしたが、結果は失望の連続だった。予想外の敗戦、ブラジルらしさを失ったプレー、明確な形が見えないチーム、そして何より、単純に弱かった。

 24年コパ・アメリカも悲惨な終わり方だった。1勝2分けのグループ2位で進出した決勝トーナメントでは準々決勝でウルグアイにPK戦で敗戦。その2か月後に迎えたW杯南米予選でも、ブラジルは浮き沈みを繰り返した。

 実際には「浮き」よりも「沈み」の方が遥かに多かった。試合によってブラジル代表は、まるで漂流しているように見えた。「深刻な危機」に陥っていたのは明確だった。問題は戦術面だけではなく、魂の部分にまで及んでいた点だ。

 そんな状況のなか、CBF(ブラジルサッカー連盟)は誰も想像しなかったことを成し遂げる。スペインまで飛び、カルロ・アンチェロッティを説得して、レアル・マドリードを離れてブラジル代表監督になるよう口説き落としたのだ。

  何の希望もなく、すべてが不可能に思われていた25年5月、アンチェロッティはブラジルへやって来た。欧州であらゆるタイトルを勝ち取り、スター選手の扱い方を熟知し、巨大なプレッシャーにも慣れた男。彼は、近代ブラジル代表史上初の外国人監督となった。

 それはまた「ブラジル国内には、もう任せられる監督がいない」という現実の証でもあった。年俸は1000万ユーロ(約18.5億円)。ブラジル代表監督史上最高額であり、世界でもトップ3に入る高給だった。

 就任から1年余り。W杯メンバー発表のわずか4日前の26年5月14日、CBFはアンチェロッティとの契約を2030年、つまり次回のW杯まで延長すると発表した。このタイミングは、あまりにも奇妙だった。アンチェロッティはまだ何も成し遂げていない。むしろ、日本戦を含め敗戦も経験している。それなのに、もう契約延長なのか。

 ブラジルでは、この契約延長はネイマール(サントス)の招集と関係しているという見方が広がった。アンチェロッティ自身は、おそらくネイマールを代表に呼びたくなかった。しかしCBF、FIFA、スポンサー、さらには代表選手たちまでが、「ネイマールを招集してくれ」と強く望んでいたというのだ。

 ネイマールがいることで全ての注目が彼ひとりに集まり、他の選手たちがプレッシャーから解放されるからだ。そしてアンチェロッティは、「ネイマールをW杯に連れていく」という条件を受け入れる代わりに、30年までの安定した4年間を手に入れたと、そう見る者も多い。

 ブラジルのルーラ大統領までもが、ネイマールを招集するようアンチェロッティに電話で要請した。「もしネイマールが身体的な準備できていて、本気の意志があるのなら、彼には代表に入る資格があると思う」。

 大統領はそう語った。それは単なる“大統領と代表監督の世間話”ではなかった。さまざま状況証拠を踏まえれば、アンチェロッティ自身がネイマール問題の最終決定権を持っていたとは思えない。 そんなアンチェロッティ体制1年目は、光と影が混在していた。10試合で18得点・8失点。説得力ある勝利もあったが、厳しい敗戦もあった。今のブラジルは、まだ明確な戦術的アイデンティティーを持っていない。誰をどこに起用し、どのようなフォーメーションを採用すればいいのか、だれも正確には分かっていない。

 基本形は一応、4-2-3-1。状況によって4-3-3へ変化する。前線の選手に自由を与える形だ。左には絶対的存在としてヴィニシウス・ジュニオールがいる。しかし、本当の問題はタレントを複数擁する前線ではない。

 問題は最も重要な“ゲームを創る場所”の中盤だ。カゼミーロ、ブルーノ・ギマランイス、ファビーニョは堅実な選手だ。ボールを奪い、守備を助け、地味な仕事をこなせる。ルーカス・パケタは多少の創造性を持つが、「試合を支配する司令塔」として信頼されるには程遠い。

 現実問題として、いまのセレソンに“本物の10番”はいない。決定的な瞬間に魔法のようなパスを出せる選手、試合を創れる選手。そして重要なゴールを決められる選手。例えるならバルセロナ時代のネイマールのような選手だ。

 いまのブラジルには、そのタイプがいない。この問題は深刻だ。当たり前だが、ペレも、ジーコも、リバウドも、パウロ・ロベルト・ファルカンも、ソクラテスも、そして“全盛期の”ネイマールもいない。だから今のブラジルは、まるで酔っ払ったチームのように見える。方向性がなく、一貫性がないのだ。

 これはブラジル代表の構造的問題であり、アンチェロッティも1年では解決できなかった。そして簡単には解決しない問題だろう。中盤での唯一の明るい話題はボタフォゴの若手ダニーロだ。海外ではまだ無名だが、才能と闘志を兼ね備え、うまくいけばブラジルを変える存在になりえる。

 ブラジル代表守備陣の絶対的支柱は、マルキーニョス(パリ・サンジェルマン)。今なお世界最高級のセンターバックのひとりだ。ガブリエウ・マガリャンイス(アーセナル)、ブレーメル(ユベントス)、サウジアラビアでプレーするロジェール・イバニェス(アル・アハリ)らも健在だ。

 守備にはクオリティーがある。しかし不安要素も多い。痛恨なのがエデル・ミリトンの欠場だ。レアル・マドリーのDFは4月にハムストリングを手術して10月までの離脱が決定。大きな損失となった。

  さらに深刻な問題になっているのがGKだ。かつて、ブラジル代表が「絶対的守護神」を持たずにW杯に臨むことなどありえなかった。だが今は、誰が正GKなのかすら分からない。アンチェロッティはW杯メンバーにアリソン・ベッカー(リバプール)、エデルソン(フェネルバフチェ)、ウェベルトン(グレミオ)を選んだ。

 33歳のアリソンは長年にわたって絶対的存在だったが、今季は批判も多く、怪我も抱えており、人々の信頼を失っている。32歳のエデルソンはマンチェスター・シティから戦術的理由で放出され、現在はトルコでプレーしている。

 そして38歳のウェベルトン。代表10キャップのベテランは代表でまともにレギュラーを務めたことすらなく、最後の出場は23年3月。それでもW杯メンバー入りした。3人全員に大きな疑問符が付くのが現状だ。

 怪我人も深刻だ。アンチェロッティ体制下で主力だった選手たちが次々と離脱した。FWロドリゴ(R・マドリー)は前十字靭帯と半月板を損傷。今のブラジルで最も才能ある選手、19歳のFWエステバン(チェルシー)はアンチェロッティ政権下で7試合・5得点とチームの希望そのものだったが、ハムストリングを負傷してしまった。

 一方で、なぜ外されたのか理解できない選手たちもいる。チェルシーのFWジョアン・ペドロはプレミアリーグの得点ランキング3位で、サポーター投票によるクラブの年間最優秀選手に選ばれた。欧州で最も活躍したブラジル人と言ってもいい。それでも落選した。

 ノッティンガム・フォレストのFWイゴール・ジェズスも素晴らしいシーズンを送ったが、外されてしまった。マンチェスター・CのFWサビーニョも、チェルシーのMFアンドレイ・サントスもアンチェロッティには不要だったようだ。

 とくにベティスの得点王で英雄的活躍を見せたFWアントニーの落選には衝撃が走った。彼をセレソンから外す決断は、相当の勇気が必要だったはずだ。ブラジル全国選手権で得点ランキング2位につけているペドロ(フラメンゴ)も選ばれていない。

 もしブラジルがW杯で失敗すれば、アンチェロッティはこれらの決断について激しく問われることになるだろう。 セレソンを巡る全ての話題の中心にいるのが、やはりネイマールだ。代表通算79得点。ペレも、ロナウドも、ロマーリオをも超えたブラジル代表史上最多スコアラー。しかし、最後に代表でプレーしたのは23年10月17日。ほぼ3年前だ。23年以降は怪我やコンディション不良などが原因で欠場が多く、継続的にプレーすることができていない。

 アンチェロッティもこの1年、一度もネイマールを代表に招集しなかった。ところが、土壇場でネイマールの名前が最終メンバーリストに現われた。ネイマールの名前が呼ばれた時、ブラジルはまるでW杯決勝でゴールが決まったかのような大騒ぎになった。

 ヴィニシウスは「ネイマールは代表での技術的リーダーだ」と公言し、自ら背番号10を譲ろうとした。ただし、キャプテンにはならないことは既に決まっている。ただ、最大の疑問が残っている。ネイマールはフル出場できるのか? 必要ならベンチに座り続けられるのか?

 アンチェロッティはネイマールを「切り札」としての起用を考えている。相手ゴール付近で自由を与え、無駄な走りを減らす形だ。現在コンディション管理は日単位で行なわれているが、メンバー発表直前のサントスでの試合で右ふくらはぎを痛めた影響で、5月31日のパナマ戦には出場しない方向だ。6月7日に行なわれるエジプト戦の出場は未定で、ネイマールの身体的コンディションは現状、少なくともトップレベルの状態ではない。

 それでも、ネイマールのコンディションが奇跡的に戻るなら、ブラジルの攻撃陣は世界屈指だ。ヴィニシウスは世界トップ3のFWで、ラフィーニャはバルセロナで活躍。さらに韋駄天ガブリエウ・マルチネッリ(アーセナル)、魅惑的なウイングのルイス・エンリケ(ゼニト)、創造性豊かなマテウス・クーニャ(マンチェスター・U)もいる。

 また、若き才能のFWイゴール・チアゴ(ブレントフォード)、FWエンドリッキ(リヨン)、FWラヤン(ボーンマス)には注目すべきだ。それぞれ出場機会さえ与えられれば、大会の主役になる可能性すらある魅力的なアタッカーだ。イゴール・チアゴは1年前まで無名だったが、W杯メンバーに出世。エンドリッキはフランスでファンを魅了しており、ラヤンはまさに天才的なプレーヤーだ。

  ブラジル代表全体の市場価値は9億ユーロ超で、そのうち攻撃陣だけで5億ユーロ以上。これだけを見れば、十分な強豪国だ。しかし、国際ブックメーカーの優勝予想でブラジルは5~6番手。優勝候補筆頭ではない。

 有力な優勝候補はスペインとフランスで、その後にイングランド、アルゼンチン、そしてブラジルが続く。サッカー王国が圧倒的本命でないのは、やはりあまりにも不確定要素が多いからだろう。史上初の外国人監督、不安定なGK、創造性を欠く中盤、怪我人の多さ、そして30分走れるかすら分からないビッグスター。

 ブラジルはグループCでモロッコ、ハイチ、スコットランドと対戦する。初戦は6月13日、ニューヨークでのモロッコ戦だ。グループ突破は問題ないように見える。優勝した2002年以降、ブラジルは毎回「突破可能なグループ」に入り、そして決勝トーナメントで敗れ去っている。

 今のブラジルは、「答え」よりも「疑問」の方が多いまま本大会へ向かっている。横浜での栄光から24年。6度目の世界制覇は、いまだ成し遂げられていない。

「ネイマール招集」は世界的ビッグニュースで、ブラジル国内も“祭り”状態となった。だが、もうそれは終わった。今、ブラジル人が本当に欲しているのは、ただひとつ。本物の祭り――、そう世界王者のタイトルだ。

文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子

【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/1963年8月29日生まれ、ブラジル・サンパウロ出身。ジャーナリストとして中東戦争やユーゴスラビア紛争などを現地取材した後、社会学としてサッカーを研究。スポーツジャーナリストに転身する。8か国語を操る語学力を駆使し、世界中を飛び回って現場を取材。多数のメディアで活躍する。FIFAの広報担当なども務め、ジーコやカフー、ドゥンガらとの親交も厚い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授として大学で教鞭も執っている。

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配信元: THE DIGEST

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