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【世界初】ヒメトガリネズミの飼育下での繁殖に成功

【世界初】ヒメトガリネズミの飼育下での繁殖に成功

トガリネズミの一種(※ ヒメトガリネズミではない)/ Credit: nl.wikipedia

あまりに小さすぎて、飼うことすら難しい哺乳類。

それがトガリネズミ類です。

トガリネズミという名前ですが、実際にはネズミの仲間ではなく、モグラに近い系統の小型哺乳類です。

体は小さく、代謝は非常に高く、数時間の絶食にも耐えにくいほど繊細な生き物として知られています。

そのため、野外で暮らしを観察することも、研究室で長く飼育することも簡単ではありませんでした。

しかし今回、北海道大学、東海大学、札幌市円山動物園の研究グループは、ヒメトガリネズミ(Sorex gracillimus)の飼育下繁殖に世界で初めて成功しました。

研究では、交尾行動、妊娠期間、授乳と離乳の時期、新生仔の成長過程までが記録されました。

研究の成果は2026年5月4日に学術誌『Mammal Study』に掲載されています。

目次

  • 飼うことすら難しい小さな哺乳類
  • わずか0.3グラムの赤ちゃんが誕生し、急成長

飼うことすら難しい小さな哺乳類

ヒメトガリネズミは北東アジアに分布する小型のトガリネズミで、北海道に生息する4種のトガリネズミ類の中では2番目に小さい種です。

トガリネズミ類は、体が小さい一方で非常に高い代謝を持っています。

人間でいえば、体の中に常に高速で回り続けるエンジンを抱えているような状態です。

そのぶん、環境の変化や餌不足に弱く、飼育下で健康を保つことが難しい動物とされてきました。

これまで比較的体が大きいオオアシトガリネズミでは、飼育下繁殖の報告がありました。

しかし、ヒメトガリネズミのような小型で扱いが難しい種では、繁殖成功例はありませんでした。

そこで研究グループは、北海道根室市で捕獲した個体や、飼育下で生まれた個体を用いて、札幌市円山動物園の施設で長期飼育とペアリング実験を実施。

行動はビデオで記録され、「接触」「求愛的接触」「マウント」といった行動に分類されました。

その結果、ヒメトガリネズミでは、他のトガリネズミ類で知られるような激しい攻撃を伴う交尾行動とは異なる特徴が見えてきました。

雌雄の間には、穏やかな接触や追尾を伴う、いわば「じゃれ合い」のような行動が見られたのです。

マウントの頻度は1時間あたり0.4〜0.8回程度で、こうした行動観察から、ヒメトガリネズミの繁殖行動が初めて定量的に記録されました。

小さな体で、どのように相手を受け入れ、どのように繁殖へ進むのか。

これまでほとんど見えなかった生活の一幕が、ようやく研究の対象として捉えられたのです。

わずか0.3グラムの赤ちゃんが誕生し、急成長

今回の研究では、3例の妊娠と出産に成功しました。

そこから、ヒメトガリネズミの妊娠期間は25〜29日、離乳時期は生後25〜30日ごろと推定されました。

また、新生仔の成長も詳しく記録されています。

生まれたばかりのヒメトガリネズミの体重は約0.3グラムでした。

これは、1円玉の3分の1ほどしかない重さです。

飼育下で繁殖をしたヒメトガリネズミの親子。右上が母親、左下が新生仔。成獣の体重は3~4グラム程度/ Credit: 北海道大学(2026)

しかし、その小さな赤ちゃんは急速に成長し、約20日間で3.5グラムほどに達しました。

つまり、わずか20日前後で体重が10倍以上になったことになります。

この成長の速さは、小型哺乳類が短い時間の中で体を作り上げていく生命力をよく示しています。

同時に、こうした発達の過程を飼育下で追跡できたこと自体が、今回の大きな成果です。

これまでトガリネズミ類は、野外での直接観察が難しく、生体を安定して飼育する技術も限られていました。

そのため、妊娠期間や授乳、離乳、幼獣の成長といった基礎情報でさえ、十分には分かっていなかったのです。

今回、ヒメトガリネズミの繁殖を飼育下で成功させたことは、単なる「赤ちゃんが生まれた」というニュースにとどまりません。

この成果は保全の面でも重要です。

北海道には、環境省レッドリストで絶滅危惧種に指定されているチビトガリネズミ、別名トウキョウトガリネズミも生息しています。

チビトガリネズミは世界最小級の陸生哺乳類の一つとして知られていますが、捕獲数に厳しい制限があり、繁殖や行動に関する研究は十分に進んでいません。

今回対象となったヒメトガリネズミは、チビトガリネズミに近い体サイズを持つ種です。

そのため、ヒメトガリネズミで得られた飼育・繁殖技術は、将来的にチビトガリネズミの生息域外保全に向けた重要な手がかりになると期待されています。

生息域外保全とは、動物園などの人の管理下で生き物を守り、必要に応じて繁殖させる保全方法です。

野生で数が減った種にとっては、絶滅を防ぐための「保険」のような役割を持ちます。

もちろん、今回の成果だけでチビトガリネズミの繁殖がすぐに可能になるわけではありません。

しかし、これまで閉ざされていた小型トガリネズミ類の飼育下研究に、現実的な道筋が見えたことは確かです。

小さなヒメトガリネズミの赤ちゃんが生まれ、育っていく過程は、単なる繁殖成功の記録ではありません。

それは、謎の多い小型哺乳類の世界を、研究者たちが初めて継続的にのぞき込めるようになった瞬間でもあります。

体重わずか0.3グラムの命から、絶滅危惧種の保全と哺乳類研究の新しい扉が開かれようとしています。

参考文献

世界初:ヒメトガリネズミの飼育下繁殖に成功~絶滅危惧種保全とトガリネズミ研究への新展開~
https://www.hokudai.ac.jp/news/2026/05/post-2297.html

元論文

Breeding Behavior and Growth of Young in Captive Slender Shrews, Sorex gracillimus
https://doi.org/10.3106/ms2025-0020

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

配信元: ナゾロジー

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