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山健組「弘道会組員銃撃事件」で再び無罪判決 中田組長が歴代トップ「司法の呪縛」を解き放った(3)桑田三代目も獄死同然の最期

山健組「弘道会組員銃撃事件」で再び無罪判決 中田組長が歴代トップ「司法の呪縛」を解き放った(3)桑田三代目も獄死同然の最期

 以後も当局との苛烈なつばぜり合いは続く。渡辺組長から名門の譜を継いだのが、三代目山健組・桑田兼吉組長である。五代目山口組でも若頭補佐として執行部の一角を占めた桑田組長は、

「97年に同じ山健組出身である中野会・中野太郎会長の配下が起こした宅見若頭暗殺事件以降、山口組弱体化の好機とみた当局が発動した『新頂上作戦』のあおりを受け、銃刀法違反の共謀共同正犯として検挙、起訴されてしまう。同様の容疑で滝沢孝若頭補佐、司忍若頭補佐(いずれも当時)も逮捕され、執行部の有力メンバーの半数近くが現場不在になる危機を迎えるのです。桑田組長は最高裁まで争うも、03年に懲役7年の実刑が確定。07年3月に病気により刑の執行停止を受け釈放され、同年4月に逝去しています」(ジャーナリスト)

 渡辺組長からも武闘歴を評価され、収監中の桑田組長から山健組の跡目を託されたのが、15年の離反騒動で、山口組を離脱し現在、神戸山口組を率いている井上邦雄組長である。

 その組織力で弘道会と覇を競う存在だった山健組を引き連れての離脱劇は、一時、勢いで六代目山口組側に勝る印象を与えるほどであったが、腹心だった中田組長が跡目を譲られた五代目山健組が20年に神戸山口組を脱退し、翌年六代目山口組側に復帰。「神戸」の弱体化が誰の目にも明らかとなってからも、「司法の呪縛」は解けなかった。

「24年に傘下組員の起こした金銭トラブルの使用者責任を問われた裁判で敗訴。2億4000万円もの賠償を求められ、今年3月に自宅を競売で失う憂き目に見舞われました」(ジャーナリスト)

 中田組長は当局との足かけ7年に及ぶ司法闘争で無罪判決を受け、山健組の歴史において、初めて呪縛から解き放たれた組長になったと言える。

 竹内照明若頭(四代目弘道会総裁)をはじめ、分裂抗争からの戦後復興を掲げる六代目山口組執行部にとっても、分裂抗争の爪痕を払拭する、またとない朗報となったのだ。

配信元: アサ芸プラス

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