「数千万人の死者が出ても、世界を救うにはちょうどいいだろう」
そんな戦慄の言葉を吐いた男がいる。中国共産党の創始者にして、建国の父と崇められる毛沢東だ。「資本家や地主を打倒して、平等を実現した」「質素倹約を徹底した偉人」といまだに個人崇拝の対象とされている一方、政治力には賛否がつきまとう。
その最大要因は、1958年に強行した農工業の増産運動「大躍進政策」だ。この失策により農業生産は激減し、全国で大飢饉が発生。一説には4000万人もの餓死者を生んだと言われる。
毛沢東は失脚するものの、これで終わる男ではなかった。1966年には再び最高権力の座を狙い、右派の若者たちを集めて「紅衛兵」を結成。文化大革命の始まりである。
共産党の権力者や学者などのインテリはことごとく粛清対象となり投獄、処刑された。この文化大革命による死者は1000万人以上と言われるが、国中の文化と命を蹂躙した独裁者の本性が現れたのは、政治の無謀さだけにとどまらなかった。指摘したいのは私生活に潜む、異様なまでの奇行と性への執着である。
晩年は無理な生活習慣がたたり、体はボロボロだったといわれるが、衰えるどころか、むしろ加速したのが性欲だった。道教の房中術を信奉した彼は「若い女性との性交渉こそが不老長寿の秘訣である」と信じ、中南海に集められた美女たちを舞踏団に見立て、毎晩のように観劇を楽しんでは、その中から数人を寝室へ引き入れた。そんな「専属のハーレム」を、政治権力によって築き上げたのである。
歯磨きを拒否し入浴も大嫌いという衛生観念
驚くべきは、その公私混同ぶりを周囲に隠そうとしなかったことだ。妻がありながら、20歳下の女優・江青との不倫に走り、さらには全国から集めた若い女性を「陽の気を得るための道具」として囲い込んだ。
とはいえ、側近たちは世間体を気にして、歪んだ情欲を必死に隠した。しかし本人は、堂々とそれを公言していたという。
さらに驚くのが、とんでもない衛生観念だ。「革命家は体も強靭でなければならない」との言葉とは裏腹に生涯、歯磨きを拒絶して、茶葉で歯を拭うのみ。入浴も嫌い、タオルで体を拭くだけだったと伝えられる。
数千万人の命を奪いながら、自らは若き女性の温もりと不老不死の夢に浸る最凶独裁者。1972年にはアメリカのニクソン大統領をはじめ、日本の田中角栄首相と会談。国交正常化に大きく貢献した。
中華人民共和国を建国し、日米双方との関係を改善させた英雄であると同時に「中国の歴史に消えない爪痕を残した悪魔」と評される暴君がこの世を去ったのは、1976年だった。
(山川敦司)

