
子どもの脳発達を左右するのは、どんな要素でしょうか。
新しい研究によると、思春期の脳の成熟スピードは、「どんな環境や地域で育ったか」とも関係している可能性があるようです。
英国キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)の研究チームは、アメリカの1万人以上の子どもを追跡し、貧困率や教育機会、緑地の多さ、健康環境などを含む“地域環境”と、思春期の脳の発達パターンの関係を調べました。
その結果、恵まれない地域で育った子どもほど、思春期における大脳皮質の変化がより早く進む傾向が示されたのです。
研究の詳細は、2026年4月7日付で学術誌『Cerebral Cortex』に掲載されました。
目次
- 思春期の脳は「整理整頓」されていく
- 厳しい地域環境では、思春期の脳変化が早く進む可能性
思春期の脳は「整理整頓」されていく
思春期の脳では、大きな変化が起きています。
その代表的な指標が、「大脳皮質の厚さ」と「大脳皮質の表面積」です。
大脳皮質とは、脳の外側を覆う層で、思考、判断、記憶、感情、社会的な理解などに深く関わっています。
子どもの脳は成長の中で多くの神経回路を作りますが、思春期になると、脳の構造は次第に整理され、より効率的に働く形へ変化していきます。
その一部として、大脳皮質の厚さや表面積は、一般に思春期を通じて少しずつ減少していきます。
そのため、「皮質が薄くなる」と聞くと悪い変化のように思えますが、思春期においては脳が成熟していく自然なプロセスの一部です。
ただし、これまでの研究では、この変化の仕方がすべての子どもで同じではないことも分かっていました。
家庭の収入や親の教育歴など、家庭レベルの社会経済的要因が脳の発達と関係することは多く調べられてきました。
しかし、子どもが暮らす「地域」そのもの、つまり家の外に広がる環境が、脳の発達ペースとどう関係するのかは、まだ十分に分かっていませんでした。
そこで研究チームは、アメリカの大規模な子ども発達研究であるAdolescent Brain Cognitive Development Study(ABCD研究)のデータを用いました。
対象となったのは、少なくとも1回以上のMRIデータがある11,639人の子どもたちです。
研究では、約10歳、12歳、14歳の3時点で取得された脳画像データを分析し、大脳皮質の厚さと表面積がどのように変化していくかを調べました。
また、地域環境については、「Area Deprivation Index」と「Childhood Opportunity Index」という指標を使っています。
前者は、貧困率、失業率、住宅環境、所得水準、ひとり親世帯の割合などから、地域の不利さを数値化するものです。
後者は、教育資源、医療や健康環境、緑地、汚染、暑熱環境など、子どもにとっての地域の機会を評価するものです。
さらに研究チームは、家庭の所得水準、性別、MRIスキャナーの種類などの影響も統計的に調整しました。
その結果、9〜10歳時点でより恵まれない地域に住んでいた子どもは、大脳皮質がやや薄く、表面積も小さい傾向にあり、その後の思春期における減少ペースも速いことが分かりました。
一方で、教育、健康、環境面の機会に恵まれた地域で育った子どもは、これらの脳指標が高く、変化のペースもよりゆっくりでした。
では、この「脳の発達が早い」とは、具体的に何を意味するのでしょうか。
より詳細な結果は次項で見ていきましょう。
厳しい地域環境では、思春期の脳変化が早く進む可能性
今回の研究結果で重要なのは、思春期の脳の成熟ペースに違いが見られたという点です。
思春期の大脳皮質は、構造を変えながら、より効率的な脳へと発達していきます。
この変化が速く進むということは、思春期に起きる脳の構造変化が、平均より早いペースで進んでいる可能性を意味します。
ただし、それが「良い発達」や「悪い発達」をそのまま意味するわけではありません。
研究チームは、この結果を説明するものとして、「ストレスの多い環境では脳や身体の成熟が早まる可能性がある」という考え方に触れています。
例えば、地域に貧困、不安定な生活環境、暴力への曝露、環境汚染などが多い場合、子どもの脳はその環境に対応する方向へ、より早く発達する可能性があります。
一方で、教育機会や健康環境、緑地などに恵まれた地域で育った子どもでは、大脳皮質の変化がよりゆっくり進む傾向が見られました。
研究チームは、豊かな地域環境では脳の変化がよりゆっくり進み、学習や経験によって変化しやすい期間が長く保たれる可能性にも触れています。
良い教育資源、緑地、医療や健康環境、汚染の少ない生活空間などは、子どもの発達を支える地域資源になっているのかもしれません。
また興味深いのは、基本的な分析では、これらの関連が家庭の所得水準を考慮しても残っていたことです。
つまり、同じような家庭収入であっても、どのような地域に暮らしているかが、思春期の脳発達と別の形で関係している可能性があります。
これは、子どもの発達を考える上で、「家庭」だけでなく「地域」という広い環境を見る必要があることを示しています。
さらに研究チームは、子どもたちの脳発達を「早く変化する型」「ゆっくり変化する型」のような明確なグループに分けられるかも調べました。
しかし、はっきり分かれたタイプは見つかりませんでした。
脳発達の違いは、境界線のあるタイプとして分かれるのではなく、人口全体に連続的に広がっていると考えられます。
つまり、この研究は子どもを二つのタイプに分けるものではなく、地域環境の違いが、脳発達のペースと少しずつ関わっている可能性を示したものです。
ただし、今回の研究には限界もあります。
まず今回の効果量は小さいものでした。
また、対象人数が非常に多いため、統計的には安定した関連が示されていますが、それだけで個人の脳発達を大きく予測できるわけではありません。
加えて、アメリカの子どもたちを対象にしているため、地域環境の意味が異なる国や文化にそのまま当てはまるとも限りません。
それでも、この研究は、子どもの脳発達を家庭の中だけで考えるのではなく、学校、緑地、医療、汚染、地域の安全性といった「暮らす場所全体」の問題として捉える重要性を示しています。
思春期の脳の発達は、子どもの頭の中だけで完結するものではなく、その子が毎日歩き、遊び、学び、眠る地域の環境とも関わりながら進んでいるのかもしれません。
参考文献
Growing up in a disadvantaged neighborhood is associated with faster brain maturation
https://www.psypost.org/growing-up-in-a-disadvantaged-neighborhood-is-associated-with-faster-brain-maturation/
元論文
Individual differences in adolescent cortical development are associated with neighborhood characteristics: Longitudinal findings from the ABCD study
https://doi.org/10.1093/cercor/bhag034
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

