
隣の人の咀嚼音、鼻をすする音、ペンをカチカチ鳴らす音などなど。
多くの人にとっては「少し気になる音」で済むものでも、ある人にとっては耐えがたい苦痛になることがあります。
このように、特定の生活音に対して強い嫌悪感や怒り、身体的な緊張を感じる状態は「ミソフォニア」と呼ばれています。
ミソフォニアの人は、音そのものの大きさではなく、特定の種類の音に対して強い反応を示します。
では、この苦痛を和らげる身近な方法はあるのでしょうか。
トルコ・サカリヤ大学(SAU)の研究チームは、ラベンダーのハーブティーを2週間飲むことで、ミソフォニアの人の不安、抑うつ、怒りが軽減することが示されました。
研究成果は2026年1月23日付で学術誌『Journal of Psychiatric Research』に掲載されています。
目次
- 生活音が「不快」を超えて心身を揺さぶる
- ラベンダーティーを2週間飲むと、不安・抑うつ・怒りが低下
生活音が「不快」を超えて心身を揺さぶる
ミソフォニアは、日常的な音に対して強い情動的・身体的反応が起こる状態です。
よく知られる引き金には、他人の咀嚼音、呼吸音、唇を鳴らす音、ペンを鳴らす音などがあります。
ここで重要なのは、本人が単に「神経質」なのではないという点です。
ミソフォニアの人にとって、これらの音は少しうるさい刺激ではなく、身体が警報を鳴らすような刺激になります。
音を聞いた瞬間に、筋肉がこわばったり、心拍が速くなったり、汗が出たりすることがあります。
さらに、強い苛立ち、無力感、怒り、場合によっては攻撃的な衝動を感じることもあります。
そのため、家族との食事、職場での作業、友人との外出といった普通の場面が、大きなストレス源になってしまうのです。
「またあの音が聞こえるかもしれない」と予期するだけでも不安が高まり、社交の場を避ける人もいます。
こうした状態が続くと、不安や抑うつ、怒りの高まりといった二次的な心理的問題につながりやすくなります。
現在、ミソフォニアへの対応には心理療法などが用いられますが、専門的な支援は費用や時間の面で簡単に利用できるとは限りません。
そこで研究チームが注目したのが、古くからリラックス効果と結びつけられてきた「ラベンダー」です。
ラベンダーには、リナロールや酢酸リナリルといった成分が含まれており、不安の軽減や気分の安定に関わる可能性が指摘されています。
チームは、ラベンダーがミソフォニアそのものを直接消すのではなく、背景にある不安や抑うつを和らげることで、日常のつらさを軽くできるのではないかと考えました。
ラベンダーティーを2週間飲むと、不安・抑うつ・怒りが低下
研究では、ミソフォニアと診断された成人60人が対象となりました。
参加者の多くは20代前半の女性で、参加者をランダムに2つの群へ分けました。
一方の30人は、ラベンダーティーを飲む実験群です。
もう一方の30人は、研究期間中は通常通り生活する対照群です。
実験群の参加者は、乾燥ラベンダー2グラムを300ミリリットルの熱湯で10〜15分抽出し、朝と夜の1日2回、14日間飲むよう指示されました。
また、飲む前にラベンダーの香りを意識的に吸い込むことも求められました。
研究の開始時と終了時には、参加者全員がミソフォニア症状、不安、抑うつ、怒り、生活の質などを測る質問票に回答しました。
その結果、ラベンダーティーを飲んだ群では、2週間後にミソフォニアの総合スコアが改善しました。
さらに、不安、抑うつ、怒りのスコアにも大きな低下が見られました。
一方、対照群では、不安、抑うつ、怒り、ミソフォニア症状に統計的に有意な改善は見られませんでした。
この結果だけを見ると、ラベンダーティーはミソフォニアの人の心理的苦痛を和らげる手軽な方法に見えます。
しかし、ここで注意が必要です。
この研究は、ラベンダーティーが「ミソフォニアを治す」と証明したものではありません。
実際、参加者が環境音に最初に反応する度合いや、突然の不快な音に対する自己制御の水準には、統計的に有意な変化は確認されませんでした。
つまり、音への反応そのものが完全に消えたわけではなく、主に不安、抑うつ、怒り、生活の質といった心理的負担の部分に改善が見られたと考えるのが正確です。
また、この研究には限界もあります。
対照群は別のお茶やプラセボ飲料を飲んでいないため、ラベンダー成分そのものの効果なのか、温かい飲み物をゆっくり飲む習慣の効果なのかを完全には切り分けられません。
さらに、実験群には毎日メッセージや電話で確認が行われており、研究者からの継続的な関わりが安心感を生んだ可能性もあります。
参加者自身も「ラベンダーティーを飲んでいる」と分かっていたため、効くかもしれないという期待が自己評価に影響した可能性も否定できません。
それでも今回の研究は、ミソフォニアによる苦痛を和らげる補助的な選択肢として、ラベンダーティーという身近な習慣に注目した点で興味深いものです。
生活音がつらい人にとって、本当に苦しいのは音そのものだけではありません。
「また反応してしまうかもしれない」という不安や、怒りを抑えられない自分への落ち込みも、大きな負担になります。
ラベンダーティーは、その根本原因を一気に取り除く魔法の飲み物ではありません。
しかし、静かに香りを吸い込み、温かいお茶を飲む時間が、心の緊張を少しほどく可能性はあります。
今後、プラセボ飲料を用いたより厳密な研究が進めば、ラベンダー成分そのものの効果がより明確になるでしょう。
何気ない生活音が、誰かにとっては逃げ場のない苦痛になることがあります。
今回の研究は、その苦しみに対して、専門治療だけでなく日常の小さな習慣からも支援の糸口を探せるかもしれないことを示しています。
参考文献
Lavender tea routine linked to reduced emotional distress in misophonia sufferers
https://www.psypost.org/lavender-tea-routine-linked-to-reduced-emotional-distress-in-misophonia-sufferer/
元論文
The effect of lavender herbal tea on the mental health of individuals with misophonia: A randomized controlled trial
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0022395626000282
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

