
洞窟の奥に残された赤い線模様が、1世紀以上の時を経て、英国最古級の「人類のアート」として再び注目されています。
南ウェールズのガワー半島にある洞窟「ベーコン・ホール」では、1912年に赤い縞模様のような痕跡が発見されました。
当時、この痕跡はブリテン諸島で初めて確認された旧石器時代の洞窟壁画ではないかと考えられました。
しかし後に、「人間が描いたものではなく、自然にできた鉱物の沈着ではないか」と疑問視され、発見は長く忘れられていきました。
ところが最近、英リバプール大学(UL)らの国際研究により、自然現象ではなく、人間が顔料を塗って残した岩絵である可能性が高いことが示されたのです。
研究の詳細は2026年5月26日に学術誌『Quaternary』に掲載されています。
目次
- 忘れられていた赤い線は「ただの汚れ」ではなかった
- 約1万7000年前のアートだった可能性
忘れられていた赤い線は「ただの汚れ」ではなかった
ベーコン・ホールは、石灰岩の崖の中にある洞窟です。
問題の赤い線模様の痕跡は、洞窟の奥深くにある壁面に残されていました。
そこには、11本ほどの水平な赤い線が並んでおり、発見当初は「旧石器時代の洞窟壁画」として大きな注目を集めました。
【実際の画像がこちら。画面右は線模様を見えやすくイメージ化したもの】
しかし、当時の調査では現在のような精密分析はできません。
そのため、線の正体をめぐる議論は決着せず、やがて「自然にできた模様かもしれない」という見方が優勢になっていきました。
今回の研究チームは、2022年から2024年にかけて洞窟を調査し、高解像度撮影や画像強調技術を使って赤い痕跡を詳しく観察。
さらに、壁面から微小な試料を採取し、化学組成を分析しました。
その結果、赤い物質はヘマタイトという天然の酸化鉄顔料であることが分かりました。
ヘマタイトは、古代の赤色顔料として世界各地で使われてきた物質です。
チームは、この赤い痕跡について、単に岩から染み出したものではなく、人間が意図的に塗布したものと考えられると結論づけています。
特に重要なのは、線がまとまった形で並び、等間隔に近い配置を持っていることです。
さらに画像処理では、指で付けた点のような痕跡や、顔料が飛び散ったような跡も確認されました。
これらは、洞窟の壁に人間が顔料をつけた行為を示す手がかりになります。
つまり、ベーコン・ホールの赤い線は、偶然できた岩の模様ではなく、旧石器時代の人々が暗い洞窟の奥に残した表現だった可能性が高いのです。
約1万7000年前のアートだった可能性
では、この赤い線はいつ描かれたのでしょうか。
チームは、赤い顔料そのものを直接年代測定したわけではありません。
ヘマタイトは無機物であり、通常の放射性炭素年代測定に必要な炭素を含まないためです。
そこでチームは、赤い線の上に自然に形成された白い方解石の皮膜を調べました。
この皮膜は、絵が描かれた後に壁面を覆うように成長したものです。
つまり、その方解石の年代が分かれば、その下にある赤い線は少なくともそれ以前に描かれていたと判断できます。
チームはウラン・トリウム年代測定を用い、この方解石を分析。
その結果、赤い線は少なくとも約1万5700年前、広く見れば約1万7000年前にさかのぼる可能性が示されました。
これは後期旧石器時代にあたり、もしこの解釈がさらに確認されれば、ブリテン諸島で最古級の洞窟壁画となります。
ただしチームは、年代について慎重な姿勢も示しています。
今回の重要な年代推定は、現時点では単一の分析結果に大きく依存しているためです。
また、洞窟の壁には長い年月をかけて水が流れ、複数の時期に方解石が重なって形成された可能性もあります。
そのため、この発見は「英国最古の洞窟壁画を完全に確定した」と言い切る段階ではなく、「英国最古級の洞窟壁画である可能性が非常に高いものを確認した」と見るのが正確です。
それでも、この発見の意味は大きいものです。
これまで英国の旧石器時代の洞窟芸術は、フランスやスペインの有名な洞窟壁画に比べると、存在感が薄いものでした。
しかしベーコン・ホールの赤い線は、氷期の終わりに近い時代の人々が、ブリテン諸島でも洞窟の奥に何らかの象徴的な痕跡を残していた可能性を示しています。
自然光の届かない暗い空間に、赤い顔料で線を引く。
それは単なる落書きではなく、当時の人々にとって特別な意味を持つ行為だったのかもしれません。
この赤い線が何を表していたのかは、まだ分かっていません。
狩りの成功を願ったものだったのか、儀式の一部だったのか、それとも私たちには読み取れない別の象徴だったのかは不明です。
しかし、1万年以上前の人々が暗い洞窟の奥で赤い顔料を使い、何かを残そうとしたこと自体は、強く想像力を刺激します。
ベーコン・ホールの壁に残された赤い線は、長く「ただの自然現象」と見なされてきました。
しかし最新の分析によって、それは英国の先史時代の芸術史を塗り替える可能性を持つ、人類の古い表現だったことが見えてきたのです。
参考文献
17,000-year-old stripes of red in a Welsh cave are the oldest rock art in the UK, study finds
https://www.livescience.com/archaeology/17-000-year-old-stripes-of-red-in-a-welsh-cave-are-the-oldest-rock-art-in-the-uk-study-finds
Britain’s oldest cave art may have been rediscovered in Bacon Hole cave
https://phys.org/news/2026-06-britain-oldest-cave-art-rediscovered.html
元論文
Rediscovered Late Upper Palaeolithic Painted Imagery at Bacon Hole, Gower Peninsula, South Wales
https://doi.org/10.3390/quat9030043
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

