
博物館の収蔵庫には、まだ正体のわからない化石が眠っています。
ラベルを付けられ、研究者の目に触れてきた化石であっても、時代が進み、技術や比較資料が増えることで、まったく別の姿を見せることがあります。
今回、そんな「眠れる謎」の一つが、史上最大級のサソリとしてよみがえりました。
ロンドン自然史博物館(NHM)などの研究チームは、4億年以上前のデボン紀に、現在のイングランドとウェールズ周辺に生息していた大型節足動物(学名:Praearcturus gigas)の化石を再調査。
この化石は1871年、ワラジムシやダンゴムシに近い等脚類のような巨大甲殻類として記載されていました。
しかし最新研究により、その正体は全長約1メートルに達した巨大なサソリだったことが強く示されたのです。
研究成果は2026年6月2日付で古生物学誌『Palaeontology』に掲載されています。
目次
- 150年以上「巨大甲殻類」と見られていた化石
- 陸だけでなく「水中でも狩り」していた可能性
150年以上「巨大甲殻類」と見られていた化石
プラエアルクトゥルス・ギガス(Praearcturus gigas)は、イギリスにある4億1500万年前のデボン紀の地層から知られている大型節足動物です。
この地層は河川性の堆積物であり、当時の水辺環境を記録しています。
ところが、この化石は長い間、何者なのかはっきりしませんでした。
最初に記載された19世紀には、巨大な等脚類、つまり甲殻類の一種のように考えられました。
その後、1980年代には一度、巨大サソリの可能性も指摘されましたが、標本が断片的だったこともあり、この見方にも疑問が投げかけられていました。
そこで研究チームは今回、タイプ標本と関連標本を改めて調査することに。
光学写真、断層撮影データなどを用い、化石における体の各部を現生および絶滅した節足動物と比較したのです。
その結果、P・ギガスにはサソリと判断できる特徴がいくつも確認されました。
特に重要なのは、固定指と可動指を備えた大きなハサミです。
この構造は、サソリの触肢に相当するものと考えられます。
【P・ギガスのハサミの化石画像がこちら】
さらに、脚の基部には、現生サソリが体の一部をこすり合わせて音を出す発音構造と比較できる表面が見つかりました。
胸板の形も、シルル紀のサソリ(Eramoscorpius brucensis)と似ていました。
つまり、この化石は単に「サソリに少し似ている」だけではありません。
サソリとして解釈するための複数の形態的な手がかりが、同じ標本群からそろっていたのです。
陸だけでなく「水中でも狩り」していた可能性
では、この1メートル級のサソリは、どのように暮らしていたのでしょうか。
現代の感覚では、サソリと聞くと乾いた地面を歩く陸上の捕食者を思い浮かべます。
しかし、P・ギガスの場合、そのイメージだけでは説明しきれません。
まず、この生物が見つかった地層は河川性の堆積物です。
さらに体には、サソリとしては珍しい、翼のような横方向への張り出しがありました。
チームは、この形態と産出環境を踏まえ、P・ギガスが完全な陸上生活者ではなく、水生または水陸両生的な生活をしていた可能性を示しています。
【研究チームによるP・ギガスの復元イメージ画像がこちら】
これは生態を考える上で重要です。
初期デボン紀の陸上生態系は、現在のように大型動物で満ちていたわけではありません。
植物はまだ原始的で、陸上にいた節足動物も小型のものが中心だったと考えられます。
もしP・ギガスが完全な陸上捕食者だったなら、1メートルもの体を維持するだけの獲物を得るのは難しかったはずです。
一方で、水辺や水中にも進出していたなら話は変わります。
当時の川や湿地には、原始的な装甲魚や大型の節足動物がいました。
巨大なハサミを持つP・ギガスにとって、こうした水中の獲物は現実的な食料になった可能性があります。
つまりこの巨大サソリは、湿地の岸辺を歩き、水中にも入り、必要に応じて獲物を捕らえる大型捕食者だったのかもしれません。
その姿は、私たちが知る砂漠のサソリとは大きく異なります。
原始的な植物が広がる湿地に、樹木のようにそびえる菌類が立ち並び、そのそばを1メートル級のサソリが泳ぎ回る。
4億年以上前の英国は、まるで異星のような世界だったのです。
今回の研究で重要なのは、P・ギガスが「新しく発見された生物」ではない点です。
むしろ150年以上前から知られていた化石が、最新の解析と比較資料によって、ようやく本当の姿に近づいたことにあります。
博物館の標本は、過去の研究の残り物ではありません。
未来の技術によって、何度でも新しい発見を生み出す宝庫です。
巨大甲殻類と思われていた化石が、史上最大のサソリへと姿を変えた今回の研究は、収蔵庫の引き出しの中に、まだ多くの「古代の怪物」が眠っていることを教えてくれます。
参考文献
415-Million-Year-Old Fossils Confirm The World’s Largest Scorpion Was A Meter-Long Apex Predator That May Have Hunted On Land And Underwater
https://www.iflscience.com/415-million-year-old-fossils-confirm-the-worlds-largest-scorpion-was-a-meter-long-apex-predator-that-may-have-hunted-on-land-and-underwater-83697
元論文
A revision of Praearcturus gigas: a giant scorpion from the Lower Devonian (Lochkovian) of Britain
https://doi.org/10.1111/pala.70064
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

