
犬は本当に人間の言葉を理解しているのでしょうか。
それとも私たちは思っている以上に、「声の調子」を聞いているのでしょうか。
ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学(ELTE)の研究チームは、意味のない音だけを使った実験から、犬が人間の意図を声のトーンだけで読み取れる可能性を示しました。
研究成果は2025年8月21日付で学術誌『Cognition』に掲載されています。
目次
- 意味のない「bü」だけで犬に指示を出す
- 犬が聞いていたのは言葉ではなく「古い音のルール」かもしれない
意味のない「bü」だけで犬に指示を出す
犬への指示は、単語だけで成り立っているわけではありません。
私たちが「おいで」と呼ぶとき、その声には高さ、強さ、リズム、なめらかさといった情報も同時に含まれています。
では、単語を完全に取り除いた場合でも、人間は声のトーンだけで犬に意図を伝えられるのでしょうか。
この疑問を調べるため、研究チームは犬と飼い主のペアを対象にした実験を行いました。
飼い主はスクリーンの後ろに隠れ、犬が表情や身振りを手がかりにしにくい状態で、声だけを使って指示を伝えました。
そのとき使われたのは、「bü」という意味のない音節だけです。
飼い主は犬の名前や普段の命令語を使うことを禁止されており、「bü」の高さや長さ、強弱、繰り返し方だけを変えることができました。
伝える内容は4種類で、飼い主は意味のない音だけで「(こちらに)来て」「(あそこに)行って」「(こちらに)来ないで」「(あそこに)行かないで」に近いメッセージを伝えようとしました。
そして研究チームは、犬が実際に飼い主の意図どおり行動した場面の音声を抽出し、その音響的特徴を詳しく分析しました。
さらに、本当に声が影響しているかを確かめるため、飼い主が一切発声しない無音条件も用意しました。
その結果、犬は無音条件よりも発声条件で有意に多く「期待された行動」を示しました。
つまり犬は、飼い主の声に含まれる情報を手がかりに行動を変えていたと考えられます。
では犬たちは、どうして飼い主の意図を理解できたのでしょうか。
犬が聞いていたのは言葉ではなく「古い音のルール」かもしれない
研究チームは、犬が飼い主の意図どおりに行動した場面の「bü」を詳しく分析しました。
すると、同じ「bü」という意味のない音でも、統計的に区別できる音の違いが見つかりました。
特に強く表れていたのは、「肯定(Yes)」と「否定(No)」に相当する違いです。
「肯定(Yes)」に当たる声は、高めでなめらか、音程変化が比較的小さく、ノイズが少ない傾向を示しました。
また発声は短く、繰り返し頻度が高い特徴も見られました。
一方、「否定(No)」に当たる声は、低いところから始まり、音程の上下が大きく、発声時間も長めになる傾向が確認されました。
つまり飼い主が発した同じ「bü」でも、「来て」と促すときと、「来ないで」と止めるときでは、声の高さやなめらかさ、長さなどが変わっていたのです。
ここで大切なのは、犬が英単語を理解したわけではない点です。
犬が手がかりにしていたと考えられるのは、声に含まれる「近づいてよい」「近づかないほうがよい」というシンプルな音のサインです。
さらに今回の研究では、「ここ」と「あそこ」に当たる条件の間にも、弱いながら音響的な違いが見られました。
ただし、こちらはYes/Noほどはっきりした違いではありません。
そのため、「bü」の声にはまず「やっていい/やめて」に当たるYes/Noの違いが比較的はっきり表れ、そこに加えて「ここ/あそこ」に関わる違いも一部含まれていた、と考えるのが正確です。
私たちの日常感覚にも、これは少し重なるところがあります。
犬や小さな子どもを呼ぶときには、つい高く明るい声になります。
反対に、危険なものに近づこうとした犬を止めるときには、低く強い声になりがちです。
研究チームは、こうした違いが犬との日常的な学習だけでなく、哺乳類に広く共有された古い音のルールとも関係している可能性に注目しています。
これまでの研究では、多くの哺乳類で高く澄んだ声は接近や友好的な状態を促し、低く荒い声は回避や警戒を促すことが知られてきたからです。
私たちが犬に話しかけるとき、犬は声の高さやリズムに残る、言語以前からの古いコミュニケーションの手がかりを聞き取っているのかもしれません。
参考文献
Dogs respond to human tone without words, hinting at communication older than language
https://phys.org/news/2026-06-dogs-human-tone-words-hinting.html
元論文
Cross-species acoustic codes for yes and no in human nonverbal vocalizations
https://doi.org/10.1016/j.cognition.2025.106284
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

