
夏が終わり、肌寒さを感じるようになると、あれだけ飛び回っていた蚊がふっと姿を消します。
「ようやく蚊のいない季節だ」と、ホッとする人は多いでしょう。
ところがこの”蚊じまい”のタイミングを、私たちの暮らしの灯りがこっそり後ろへずらしている可能性が出てきました。
アメリカのオハイオ州立大学(OSU)などで行われた研究により、玄関灯のようなごくありふれた夜の灯りが、蚊の「冬ごもり」を妨げ、吸血や繁殖に向かう状態を秋の終わりまで残したことが示されました。
しかもその影響力は、都市が郊外より暖かくなる「ヒートアイランド現象」を上回っていました。
研究の詳細は2026年5月18日に『Journal of Applied Ecology』にて発表されました。
目次
- 蚊の中には冬を生き延びるものもいる
- 灯りの下の蚊は「夏モード」のままだった
蚊の中には冬を生き延びるものもいる

多くの人は「蚊は寒くなると死ぬ」と思っています。
確かに、その年の夏に飛び回っていた蚊の多く、とくにオスは、寒さとともに死んでいきます。
ところが秋までに交尾を済ませたメスだけは話が別です。
物陰にもぐり込み、成虫のまま、じっと冬を越します。
春、日が長くなると目を覚まし、また血を吸い、卵を産みはじめるのです。
夏の蚊が数週間ほどで一生を終えるのに対し、この越冬メスは半年近くも生きることがあります。
ちなみに冬ごもりに向かうメスは、血ではなく花の蜜などの糖分をがぶ飲みし、それを脂肪に変えて越冬の燃料にします。
いわば「血食いから“砂糖食い”への切り替え」のような大変身です。
ではそもそも、蚊はどうやって「そろそろ冬だぞ」と気づくのでしょうか。
意外にも、頼りにしているのは気温だけではありません。
主な合図は「昼の長さ」です。
一日のうち明るい時間がじわじわ縮んでいくのを感じ取って、蚊は活動をぴたりと止め、冬ごもりの状態――休眠――へ入ります。
なぜ気温ではなくわざわざ昼の長さなのか。
理由はシンプルです。
気温は年ごとに大きくぶれますが、昼の長さは同じ日付ならピッタリ同じだからです。
10月10日の気温は年によってバラバラですが、その日の昼の長さだけは、毎年きっちり変わりません。
気温が気まぐれな友人だとすれば、昼の長さは何百万年にわたって一度も嘘をついたことのない、律儀なカレンダーです。
蚊はこの暦を全面的に信じきっています。
そしてこの冬ごもりは、人間にとっても大きな意味があります。
冬ごもり中のメスは血を吸いません。
血を吸わなければ、病気を人へ運ぶこともない。
蚊が秋に静かになるのは、ただ刺されなくなるだけでなく、「蚊が運ぶ病気の季節」が閉じていく合図でもあるわけです。
問題は、ここに人工の光が割り込んできたとき、何が起きるかでした。
灯りの下の蚊は「夏モード」のままだった

研究チームはオハイオ州コロンバスの住宅・学校・教会などの明かりが異なる敷地で蚊を飼育し、その行動を調べてみました。
結果は、暗い場所で育った蚊は、10月にはなんと全員が冬ごもりに入た一方、灯りの下で育った蚊で冬ごもりに入ったのはわずか4割ほど。
残りのおよそ6割は冬支度をしないまま、いつでも活動できる状態にとどまっていたのです。
しかも9月の実験では光を浴びた蚊のおよそ7割が血を吸い、10月という遅い時期になっても、灯りの下で吸血した一部の蚊は卵を産み、その卵は孵りました。
灯に晒された蚊たちは、まるで夏モードを解除し忘れたかのように、繁殖する力まで温存していたのです。
意外だったのは、その灯りの弱さです。
直感的には、煌々と照らす街灯でなければ影響はなさそうに思えます。
ところが今回扱われた中でいちばん弱い光は、わずか0.87ルクス。
これは満月の夜空(およそ0.1〜0.3ルクスとされます)よりは明るいものの、本を読むにはまるで足りない、ほのかな明るさです。
それでも蚊の暦を狂わせるには十分でした。
ただ蚊の活動時間を伸ばす要因としては、温度も考えられます。
たとえば都市が郊外より暖かくなる「ヒートアイランド現象」などが有名でしょう。
そこで研究チームは灯りと暑さを、同じ実験の中で真正面から対決させました。
結果は、光の圧勝でした。
蚊は秋の終わりになっても夏モードのままだったのです。
とくに9月の休眠入りの時期では、光が暑さの効果を大きく上書きするように見えたのです。
都市の暑さをまず疑いたくなる場面で、「いや、それより灯りだ」という答えが出たわけです。
(※もっとも灯があっても、さすがに真冬まで夏モードでいられるわけではありませんでした)
蚊が長く活動すれば、それだけ人を刺す機会が増えます。
この研究の舞台であるアメリカでは、イエカが運ぶ「ウエストナイルウイルス」の感染ピークがちょうど夏の終わりから初秋にかけて訪れます。
もし蚊の”営業時間”が秋の深くまで延びれば、この感染リスクの季節も後ろへずれる可能性があります。
さらに冬までにもう一世代ぶん蚊が増えてしまえば、翌春のスタート時点の個体数が底上げされ、夏に向けて数がふくらんでいく可能性があります。
この研究の舞台であるアメリカでは、イエカが運ぶ「ウエストナイルウイルス」の感染ピークがちょうど夏の終わりから初秋にかけて訪れます。
もし蚊の”営業時間”が秋の深くまで延びれば、この感染リスクの季節も後ろへずれる可能性があります。
さらに冬までにもう一世代ぶん蚊が増えてしまえば、翌春のスタート時点の個体数が底上げされ、夏に向けて数がふくらんでいく可能性があります。
蚊が長く活動し、増えた蚊がさらに病気を運ぶ。
光害の強い地域では、知らないうちに光の影響が雪だるま式にふくらんでいくおそれがあるわけです。
秋風が立ち、ようやく蚊の季節が終わったと安堵するとき――あなたの玄関灯の下では、まだ夏が続いていると信じている蚊が、静かに飛んでいるかもしれません。
元論文
Artificial light at night (ALAN) is a stronger inhibitor of overwintering dormancy than urban warming in mosquitoes
https://doi.org/10.1111/1365-2664.70407
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

