
自分の配偶者を「主人」「家内」と呼ぶことに、違和感を覚える人は少なくありません。
「主人」は家の主、「家内」は家の中の人を連想させるため、字義だけを見ると男性中心的な響きがあるからです。
しかし東京農工大学の研究チームが、こうした呼称語に対する若者の潜在イメージを測定したところ、「主人・家内」は「夫・妻」と大きく変わらないという意外な結果が示されました。
一方で、男子学生ではどちらの呼称でも、男性を指す語をより肯定的に処理する傾向も見られています。
この研究は2026年6月3日付で、オープンアクセスジャーナル『PLoS ONE』に掲載されました。
目次
- 「主人・家内」は本当に男性優位なイメージを呼び起こすのか?
- 男子学生は、「主人・家内」「夫・妻」どちらの用語を使っても、男性優位な潜在イメージを持っている可能性
「主人・家内」は本当に男性優位なイメージを呼び起こすのか?
「主人」「家内」という言葉は、現在でも比較的よく使われる夫婦呼称語です。
しかし、その字義をよく見ると、かなり古い家族観がにじんでいるようにも見えます。
「主人」はもともと「主である人」「家のあるじ」を思わせる言葉です。
一方の「家内」は、文字通りには「家の内側」を連想させます。
そのため、この言葉の組み合わせは、夫を家庭の中心に置き、妻を家庭内に位置づけるような、男性中心的な価値観を反映しているのではないかと考えられてきました。
しかし、ここで一つ疑問が生じます。
言葉の字義が男性中心的に見えることと、実際にその言葉を使う人の心の中で男性優位的なイメージが働いていることは、同じなのでしょうか。
例えば「家内」と口にする人が、毎回「妻は家の中にいるべきだ」と考えているとは限りません。
長く使われてきた言葉は、元の意味が薄れ、単なる慣用的な呼び方として処理されている可能性もあります。
そこで研究チームは、アンケートで「差別的だと思いますか」と尋ねるのではなく、より無意識に近い反応を測る方法を用いました。
それが、「FUMIEテスト」であり、これは潜在連想テストを紙と鉛筆で実施できるようにした方法です。
考え方はとてもシンプルです。
人は、自分の中で自然につながっている組み合わせほど、素早く処理できます。
ある言葉が心の中で「良い」というイメージと結びついていれば、その言葉を「良い」側に分類する作業は比較的早く進みます。
反対に、その結びつきと逆の分類を求められると、処理にわずかな遅れが生じます。
FUMIEテストでは、この考え方を採用し、紙と鉛筆で潜在イメージを測るようにしています。
そして今回の研究では、東京農工大学の工学部・農学部学生246名が参加しました。
内訳は男子学生162名、女子学生84名です。
参加者はA3用紙に印刷された単語リストを見ながら、各行20秒の制限時間内に、できるだけ多くの単語を○や×で分類しました。
ある条件では「主人」に○、「家内」に×をつけます。
別の条件では、その逆に「主人」に×、「家内」に○をつけます。
同じように、「夫・妻」についても、「夫」を良い側、「妻」を悪い側に分類する条件と、その逆の条件が設けられました。
そして、どちらの組み合わせの方が速く処理できたかを比べることで、参加者の潜在イメージを調べました。
もし「主人・家内」が字義どおりに強い男性優位的イメージを呼び起こしているなら、「主人」を良い側に分類する課題の方が、明らかに早く進むはずです。
さらに、その偏りは、より中立的とされる「夫・妻」よりも大きくなると予想されます。
ところが結果は、単純な予想とは異なっていました。
「主人・家内」と「夫・妻」の潜在連想パターンには、有意な差が見られなかったのです。
つまり、少なくとも今回の若い大学生のサンプルでは、「主人・家内」は「夫・妻」よりも強く男性優位的な潜在イメージを引き起こしているとは言えませんでした。
ただし、ここで重要なのは、結果がそれだけでは終わらなかったことです。
より詳細な結果を見ていくと、夫婦呼称語そのものとは別に、男女で異なる潜在イメージの傾向が浮かび上がってきます。
男子学生は、「主人・家内」「夫・妻」どちらの用語を使っても、男性優位な潜在イメージを持っている可能性
今回の研究で明らかだったのは、前述したように、「主人・家内」と「夫・妻」の差が見られなかったという点です。
この結果は、「主人・家内」という言葉が、慣用的な呼び方として処理されている可能性を示しています。
つまり、現代の若い話者にとって「主人」という言葉は、必ずしも毎回「家の主」を強く意識させるものではないのかもしれません。
「家内」についても同様に、「家の中にいる人」という字義が、そのまま潜在的な評価に反映されているわけではない可能性があります。
これは、日常語の性質を考えると分かりやすいかもしれません。
私たちは普段、言葉を一字一句の意味に分解して使っているわけではありません。
長く使われてきた表現ほど、元の意味よりも「そういう呼び方」として処理されることがあります。
「主人・家内」も、少なくとも今回の対象者では、字義がそのまま心の奥のイメージを動かしているわけではなかったと考えられます。
そして、この研究の重要な発見は、別のところにもあります。
それは、男子学生と女子学生の間に、はっきりした違いが見られた点です。
男子学生は、「主人・家内」の場合でも、「夫・妻」の場合でも、男性を指す語を女性を指す語よりも肯定的に処理する傾向がありました。
一方、女子学生では、そのような明確な差はほとんど見られませんでした。
この結果は、かなり興味深いものです。
なぜなら、問題が「主人・家内」という特定の言葉だけにあるわけではない可能性を示しているからです。
もし問題が「主人・家内」という言葉の字義だけなら、「夫・妻」に言い換えれば、潜在イメージの偏りは小さくなるはずです。
しかし実際には、男子学生では「夫・妻」という中立的な呼称でも、男性を指す語の方が肯定的に処理されていました。
つまり、言葉の表面を変えても、男性語に対する肯定的な潜在イメージそのものは残る可能性があるのです。
もちろん、より中立的な言葉を選ぶことに意味がないわけではありません。
ただ今回の結果は、言葉の表面を変えることと、心の奥にある男女イメージが変わることは、必ずしも同じではないことを示しています。
一方で、この研究には限界もあります。
まず、調査対象は東京農工大学の工学部・農学部学生で、年齢も20歳前後に限られています。
そのため、この結果を日本人全体にそのまま当てはめることはできません。
世代が違えば、「主人・家内」に対する受け止め方も変わる可能性があります。
研究チームは今後、異なる世代で同様の調査を進めるとともに、中国語版や韓国語版のFUMIEテストを作成し、他言語の夫婦呼称語についても潜在イメージの測定を行う計画を示しています。
この研究は、「主人・家内」という言葉を単純に白か黒かで判定するものではありません。
むしろ、言葉の字義、日常での慣用、そして心の奥に残る男女イメージが、必ずしも同じ方向を向いていないことを教えてくれました。
参考文献
夫婦呼称語「主人・家内」は字義から想定されるほど男女差別的ではないことを潜在イメージの計測によって検証
https://www.tuat.ac.jp/outline/disclosure/pressrelease/2026/20260604_01.html
元論文
Are Japanese spousal terms as gender-biased as they seem? An examination using implicit association measures
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0330816
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

