
私たちは一日に何度、スマートフォンの画面をのぞき込んでいるでしょうか。
メッセージを確認するとき、天気を見るとき、何となく通知を開くとき、そのたびに前面カメラの向こうには、私たちの顔があります。
実はその顔には、心臓のリズムがごくわずかな色の変化として刻まれているかもしれません。
Google Researchなどの研究チームは、スマートフォンロック解除時に撮影される8秒間の顔動画から、心拍数や日ごとの安静時心拍数を推定できる可能性を示しました。
この研究は2026年6月1日、科学誌『Nature』に掲載されました。
目次
- スマホの前面カメラで心拍数を測定する
- すべての肌色グループで精度基準を満たす一方、測定成功率には差もある
スマホの前面カメラで心拍数を測定する
心拍数は、体の状態を映す身近な指標です。
運動や睡眠、ストレス、発熱、疲労などによって変化し、特に安静時心拍数は心血管の健康や死亡リスクとも関連する重要なバイオマーカーとして知られています。
しかし、安静時心拍数をきちんと測るには、一定時間休んだ状態で測定する必要があります。
病院で一度測った値だけでは、その人の日常的な心拍の揺れや長期的な変化までは捉えにくい面があります。
この問題を補っているのが、スマートウォッチやフィットネストラッカーです。
これらは日常生活の中で心拍を何度も測り、休息中や睡眠中のデータをもとに、日ごとの安静時心拍数を推定します。
ただし、ウェアラブル端末には価格や装着の手間、地域や経済状況によるアクセスの差があり、誰もが日常的に使えるわけではありません。
そこで研究チームが注目したのが、多くの人がすでに持っているスマートフォンでした。
今回開発されたのは、受動的な心拍モニタリングである「Passive Heart-Rate Monitoring/PHRM」と呼ばれるシステムです。
心臓が拍動すると、顔の細い血管にも血液が送り込まれます。
そのたびに皮膚が反射する光の量や色は、ごくわずかに変化します。
PHRMは、スマートフォンの前面カメラで撮影した顔動画から、この微細な変化を読み取り、心拍数を推定します。
研究では、参加者の同意のもと、スマートフォンのロック解除時をきっかけに前面カメラで8秒間の顔動画を取得しました。
そして、顔の位置を安定させ、顔部分を切り出し、動画フレームの変化を解析して、心拍数と推定の信頼度を出すように設計されています。
重要なのは、このシステムが「すべての動画から無理に数値を出す」ものではない点です。
暗すぎる場所、顔が十分に映らない角度、大きな動きなどでは、正確な測定が難しくなります。
そのためPHRMは、推定の信頼度が低い動画を除外し、使える測定だけを集める仕組みを採用しています。
開発には485人から集めた19万2353本の動画が用いられ、検証には別の211人から集めた16万2546本の動画が使われました。
検証は、実験室だけでなく、参加者が自分のスマートフォンを日常生活で使う自由生活環境でも行われています。
その結果、心電図を基準にした心拍数測定では、誤差が10%未満となり、消費者向け心拍モニターの業界基準を満たしました。
また、一日の中で得られた複数の短い測定を統合することで、日ごとの安静時心拍数も、参照用のウェアラブル心拍トラッカーに比較的近い値として推定できることが示されました。
では、このシステムは日常生活の中でどれほど正確に心拍を拾えたのでしょうか。より詳細な結果は次項で見ていきます。
すべての肌色グループで精度基準を満たす一方、測定成功率には差もある
この研究で特に重要なのは、現実のスマートフォン使用に近い環境でも検証されたことです。
日常生活では、暗い部屋や屋外の強い光、歩行中の手ぶれ、斜めの顔、髪やマスクによる顔の隠れなど、測定を邪魔する条件がいくつもあります。
それでもPHRMは、日常環境での心拍数測定において、参加者レベルで平均絶対パーセント誤差(予測値が実際の値からどれだけ外れているかを表した指標)6.09%という結果を出しました。
これは、事前に定められた10%未満という精度目標を満たすものです。
さらに研究チームは、肌色ごとの性能差にも注目しました。
光を使った生体計測では、暗い肌色で精度が落ちやすいことが以前から問題になっています。
メラニンが光を吸収し、皮膚の奥にある血管由来の信号を弱めやすいからです。
そこで研究チームは、肌色を明るいグループ、中間のグループ、暗いグループに分け、それぞれで精度を確認しました。
自由生活環境での参加者レベルの平均絶対パーセント誤差は、明るい肌色グループで5.04%、中間の肌色グループで5.12%、暗い肌色グループで7.84%でした。
いずれも10%未満であり、PHRMはすべての肌色グループで精度基準を満たしたことになります。
ただし、肌色による差が完全になくなったわけではありません。
自由生活環境では、有効な心拍測定を得られた割合が、明るい肌色グループで58%、中間の肌色グループで45%、暗い肌色グループで25%でした。
つまり、暗い肌色のグループでは、採用された測定値の精度は基準を満たした一方で、そもそも有効な測定として使える動画の割合が低かったのです。
一方、日ごとの安静時心拍数の推定では、PHRMは一日の中で得られた複数の測定を統合することで、ウェアラブル心拍トラッカーに近い値を出しました。
さらに、PHRMで推定された安静時心拍数は、体格指数(Body Mass Index/BMI)や、心肺体力の目安となる最大酸素摂取量(VO2 max)とも関連していました。
体格指数が高い人ほど安静時心拍数が高く、最大酸素摂取量が高い人ほど安静時心拍数が低い傾向が見られたのです。
これは、PHRMが単なる映像上のノイズではなく、実際の生理的な情報を反映している可能性を補強します。
ちなみに、この技術はまだ医療診断ツールとは言えません。
今回のシステムが推定したのは、心拍数や日ごとの安静時心拍数です。
スマートフォンだけで心臓病を診断できるわけではなく、心房細動や心不全などの臨床用途に使うには追加研究が必要です。
それでも今回の研究が示したのは、スマートフォンが単なる連絡や娯楽の道具ではなく、日常の中で心臓の状態を見守るセンサーになり得るという可能性です。
健康モニタリングは特別な機器を持つ人だけのものではなくなるかもしれません。
参考文献
Smartphone unlock can measure heart rate, potentially bringing health monitoring to billions worldwide
https://medicalxpress.com/news/2026-06-smartphone-heart-potentially-health-billions.html
元論文
Passive heart-rate monitoring during smartphone use in everyday life
https://doi.org/10.1038/s41586-026-10507-6
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

