
水族館の人気者として知られるオオグソクムシ属は「なかなか餌を食べない生き物」としても有名です。
深海に暮らす彼らの仲間は、餌がいつでも手に入る環境にはいません。
それにもかかわらず、体は大きく、数年にわたる絶食にも耐えられることがあります。
大きな体を維持するには多くのエネルギーが必要なはずなのに、なぜ餌の少ない深海で生き続けられるのでしょうか。
中国科学院海洋研究所(IOCAS)の研究チームは、深海性の巨大等脚類を詳しく調べ、この不思議な省エネ生活の仕組みを調査。
その結果、主に2つのシステムがグソクムシの絶食状態を支えていました。
それを簡単にいうと「巨大な胃による食いだめ」と「極端な低代謝による省エネ」です。
研究成果は2026年6月5日付で科学誌『Cell』に掲載されています。
目次
- 何も食べずに生きられる仕組みとは?
- 細菌から取り込んだ遺伝子が「代謝を操っていた」
何も食べずに生きられる仕組みとは?
オオグソクムシ属(Bathynomus)の仲間は、海底に沈んできた動物の死骸などを食べる深海の掃除屋として知られています。
しかし深海では、そのような餌が毎日都合よく降ってくるわけではありません。
一度のごちそうに出会えるかどうかは運に左右され、次の食事まで長い時間が空くこともあります。
そこで研究チームは、
・水深約898メートルに生息する「バチノムス・ジェームシ(Bathynomus jamesi)」
・水深約300メートルに生息する「バチノムス・ドエデルレイニ(Bathynomus doederleini)」
を対象に、体のつくり、代謝、行動、ゲノム、胃の中の微生物まで幅広く調べました。
その結果見えてきたのは、非常にシンプルで強力な戦略です。
それは、いわば「収入を増やし、支出を減らす」というものです。
ここでいう収入とは、餌を得たときに体内へ取り込めるエネルギーです。
そして支出とは、普段の生命活動で消費するエネルギーです。
研究によると、深海性の巨大等脚類の胃は体全体のおよそ3分の2を占めるほど大きくなっていました。
これは浅い海や潮間帯に暮らす近縁の等脚類と比べても、かなり大きな特徴です。
つまり彼らは、餌に出会ったときに一気に食べ込み、巨大な胃を貯蔵庫のように使っている可能性があります。
さらに、胃の中身を調べると、細かくすりつぶされ、かなり消化が進んだ泥のような内容物が見つかりました。
ただし、そこに多く見られたのは、一般的な消化細菌ばかりではありませんでした。
ファーミキューテス門のような消化に関わる細菌の割合は比較的低く、代わりに脂質の貯蔵と関係するクラミジア門が多く含まれていました。
これは、食べたものをすぐに使い切るのではなく、長い時間をかけて少しずつ利用する仕組みがあることを示唆しています。
しかも彼らは、ただ大食いなだけではありません。
基礎代謝率が非常に低く、普段のエネルギー消費そのものを強く抑えていることもわかりました。
人間で言えば、大きな冷蔵庫に食料を詰め込み、その後は家中の電気をほとんど消して暮らすようなものです。
深海の巨大等脚類は、餌を得られるときには大量に取り込み、餌がない期間には極端な低燃費モードに入ることで、数年単位の絶食に耐えていると考えられます。
細菌から取り込んだ遺伝子が「代謝を操っていた」
今回の研究でさらに興味深いのは、彼らの省エネ生活が胃の大きさだけで説明できない点です。
チームは、深海性等脚類のゲノムの中に、外来の共生細菌に由来すると考えられる「ND1」という遺伝子を見つけました。
このように、別の生物から遺伝子が取り込まれる現象は水平遺伝子伝播と呼ばれます。
ND1は、細胞内でエネルギーを作るミトコンドリアの働きに関わる電子伝達系の複合体Iと関連する遺伝子です。
簡単に言えば、細胞がエネルギーをどのように作り、どれくらい抑えるかに関わる可能性がある遺伝子です。
しかもこのND1は、ただ偶然ゲノムに入り込んだだけではありませんでした。
等脚類のゲノム内で重複し、非常に高いレベルで発現していたのです。
さらにチームは、ND1の働き方が「ヒストンアセチル化」という仕組みによって調整されていることも示しました。
これはDNAそのものを書き換えるのではなく、遺伝子をどれくらい使うかを調整する仕組みです。
つまり深海性等脚類は、細菌由来の遺伝子を取り込んだだけでなく、それを自分の体内でうまく使えるようにしていた可能性があります。
深海は低温で、餌も少ない世界です。
その環境では、巨大な体を維持するためのエネルギー需要と、長く生き延びるための省エネ能力の両方が必要になります。
ND1は、その矛盾をうまく調整するスイッチの一部として働いている可能性があります。
もちろん、オオグソクムシの仲間が数年間も絶食できる理由を、ND1だけで説明することはできません。
重要なのは、巨大な胃に餌をため込む体のつくり、極めて低い基礎代謝率、細菌由来のND1遺伝子、そしてその遺伝子を精密に使う制御が組み合わさっていることです。
深海の巨大等脚類は、ただじっと我慢しているだけの生き物ではありません。
彼らは、食べられるときに最大限ため込み、食べられないときには細胞レベルで支出を切り詰める、深海仕様の「超節約型ボディ」を進化させていたのです。
参考文献
Deep-sea supergiant isopods last years without food by using a two-part survival system
https://phys.org/news/2026-06-deep-sea-supergiant-isopods-years.html
元論文
Deep-sea megafauna co-opts microbial energy metabolism genes to withstand ultra-long starvation
https://doi.org/10.1016/j.cell.2026.05.012
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

