7シーズンぶりのプレーオフ進出ながらファイナルを戦っている今季のサンアントニオ・スパーズ。地元でニューヨーク・ニックスに連敗スタートとなったが、カンファレンス・ファイナルでも昨季王者オクラホマシティ・サンダーに2勝3敗の崖っぷちから逆転勝利を手にした彼らの底力は計り知れない。
そんな“ド根性軍団”を率いるのが、HC(ヘッドコーチ)就任1年目のルーキー指揮官、というのはなんとも見事な手腕だ。しかも彼が埋めた穴はとてつもなく大きい。前任は29年間にわたってスパーズを率い、その間チームに5度のタイトルをもたらした名将グレッグ・ポポビッチなのだから。
脳卒中を患ったポポビッチがHCの座から退いたのに伴い、療養中に代行を務めたミッチ・ジョンソンがそのまま後任に昇格したのが昨年夏。この時は、ファイナルの対戦相手ニックスを率いるベテランのマイク・ブラウン(当時は無所属)を筆頭に、より経験豊富な指揮官の名前がスパーズの新HCとして噂されたが、球団は下部組織オースティン・スパーズでの経験こそあれど、NBAでのHC歴のないジョンソンを指名した。
だが、今スパーズがいる状況を見れば、その選択は大成功だったと言えるだろう。
彼自身は選手としてのNBA経験はない。カレッジプレーヤーだったスタンフォード大時代はポイントガードで、同じチームにはブルック&ロビンのロペス兄弟や、2010年にニックスでNBAデビューし、その年のオールルーキー1stチームに選ばれたランドリー・フィールズらがいた。
米メディア『Andscape』でフィールズは、学生時代からジョンソンには「リーダーとして何か特別なものがあると感じていた」と振り返る。
「大声で鼓舞したり、無意味に熱く語ったりするタイプではない。物事を必要以上に説明することもない。それでもコートでは常に主導権を握っていた。彼には人を引きつける存在感があった。生まれながらのリーダーなんだ」
現役引退後、フィールズはスパーズのスタッフとしてジョンソンと再会する機会を得たが、彼にとって、この旧友がNBAのHCになったことは驚きではなかったという。なぜならジョンソンは、リーダーシップだけでなく戦術眼についても、当時から類い稀な素質を見せていた。「一緒にNBA の試合を見ていると、何気ない会話の中で口にすることや、過去のプレーや状況を思い出して話す内容から、彼のゲームに対する理解が驚くほど高いと感じていたよ」
リーダー気質でバスケットボールという競技についての深い理解がある。それだけでも指揮官の素質は高いと言えるが、加えてジョンソンが秀でていたのは、コミュニケーション術だった。
「彼はどんな肩書きや背景の人であっても、すぐに良い関係を作れてしまうんだ。裕福なオーナーたちが集まる場だろうと、若いアスリートがいる場だろうと、彼はあらゆる立場の人とすぐに打ち解けることができてしまう」
Gリーグやラトビアでの短い現役キャリアの後、ジョンソンは大学チームで指揮官のキャリアをスタートし、2016-17シーズンに下部組織のオースティン・スパーズのアシスタントコーチに就任。そこで手腕を認められ、2019-20 シーズンからポポビッチの片腕となった。
そして6年後の今、HCとして独り立ちした。
そんな彼に、最大級の賛辞を送っているのがハリソン・バーンズだ。14年間のキャリアを誇り、ゴールデンステイト・ウォリアーズ時代にともにNBAタイトルを勝ち取ったスティーブ・カーをはじめ、数々の名将と共闘してきたベテランはこう話す。
「自分がこれまで見てきたコーチたちの中でも、最高に感銘を受けた仕事のひとつだ」
その仕事とは、ポポビッチという“単なるHC”ではなく、球界の象徴のような存在となっていた人物の後を引き継ぐ責任を負いながら、チームに大きな波風を立てることなく見事に掌握している点だ。
「代行として指揮を執った時から、彼はその資質を発揮していた。彼とはいろいろなことについて話し合ってきたが、『この大仕事は彼には荷が重すぎる』とか、『彼は自分が何を言いたいかわかっていない』といったことを感じたことは一度たりともない。俺は彼を全面的に信頼しているし、彼のためなら、どんなことでもやる覚悟がある」 アシスタントコーチ時代があったことで、スパーズの選手たちを知り尽くしているのもジョンソンの強みだ。ヴィクター・ウェンバンヤマも試合後の会見で「彼はいつもやるべきことを明確に示してくれる。僕たちは彼を信頼しているし、彼についていく」と、ジョンソンHCへの信頼を語っている。
ウェンバンヤマは、そのなかでも特にジョンソンの指示の明確さや、改善点の修正力の高さを評価している。最初の2戦を落としたスパーズにとって、今まさに必要なのは、どう修正し、それにアジャストできるかだ。
第1、2戦では、カール・アンソニー・タウンズが仕掛けた再三の1オン1でリズムを崩された感のあったウェンビーについても、次戦でどんな対応策を施してくるかは注目ポイントになる。
始まったばかりのジョンソンの“名将伝説”は、ここからどんな展開を見せてくれるだろうか。
文●小川由紀子
【画像】シャック、アイバーソン、コビー、レブロン、カリー、ヨキッチ…2000年以降のMVPを受賞当時の写真で一挙振り返り!

