NBAレジェンドのコビー・ブライアントは、20年間のキャリアをロサンゼルス・レイカーズ一筋で過ごし、数々の伝説を残した。高卒でプロ入りした当初から自信家であったことは知られているが、元同僚のニック・ヴァン・エクセルが若き日のスターについて語った。
フィラデルフィア出身で1996年のドラフト13位指名でNBA入りしたコビーは、キャリアを通じて歴代4位となる通算3万3643点を記録。リーグ優勝も5回(2000~02、09、10年)成し遂げ、06年1月のトロント・ラプターズ戦では歴代3位の1試合81得点を叩き出した。ヘリコプター墜落事故で命を落とした20年には数々の功績が認められ、バスケットボール殿堂入りを果たしている。
93~98年にレイカーズに在籍し、先発ポイントガードを務めていたヴァン・エクセルがポッドキャスト『Out the Mud』で、コビーが入団してきた当時を回想した。
「俺の3年目(1995-96シーズン)が終わった後だ。ブラデ(ディバッツ)とコビーをトレードしたんだ。当時コビーのことを知っていたのはエディ(ジョーンズ)だけだった。彼は(フィラデルフィアの)テンプル大出身だったから、コビーを学生時代から知っていたんだ」
ヴァン・エクセルによれば、当時のレイカーズで先発シューティングガードを務めていたジョーンズは、「アイツはとんでもない選手になるぞ」と7歳下のコビーのポテンシャルを認めていたという。
今でこそスキルフルな選手が増えたが、1990年代には2メートル近いサイズを誇り、スキルも兼ね備えた選手はそう多くはなかったとヴァン・エクセルは回想する。
「コビーは身長が2メートルくらい(198cm)あったが、当時はあのサイズでハンドリングが抜群に上手い選手なんてそうはいなかった。バスケットボールIQについて今の時代が1990年代より圧倒的に優れているとは思わないが、スキルに関しては確かに今の連中の方が上だと認めるよ」
ヴァン・エクセルの中で、今なお印象に残っているコビーの言葉があるという。
「コビーはいつも言っていたよ。『俺はリーグで最高のアイソレーションプレーヤーだ』とね。18歳のガキがだぜ?俺たちは『おいおい、何言ってんだコイツ』って感じだったよ(笑)。練習は凄まじかった。常に自分を最高のアイソレーションプレーヤーだと自負していたからね。私たちもみんな若い頃があったけど、トップにいるヤツが誰だろうと引きずり下ろしてやる、その座を奪ってやるというメンタリティだったんだ」
当時のチームメイトたちは、若きコビーの言葉に驚かされた。しかし、誰よりも高い目標を掲げ、自らを信じて努力を続けたからこそ、コビーはやがてNBA史に名を刻むスーパースターへと成長していった。
構成●ダンクシュート編集部
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