サッカー日本代表を率いる森保一監督の、若かりし頃の苦労話が明かされた。
6月9日に放送された日本テレビ系『ザ!覚悟を決めた瞬間SP…サッカー日本代表がぐっと楽しくなるマル秘ストーリー』に、森保氏がVTR出演。長崎日大高を経て加入したマツダ(現・サンフレッチェ広島)のルーキー時代を振り返った。
高校とのレベルの違いを痛感した森保氏は、大きな挫折を味わっていた。さらにホームシックも重なり、厳しい時を過ごしていた。
当時はパチンコで現実逃避をしていたという森保氏は「試合に出始めるぐらいまでは行っていました。上手くいってない時には、中途半端な自分がいましたね。ただ博才はないので、ほとんど負けていましたけど」と振り返った。
そんななか、当時交際していた現在の夫人が勤務先の大阪から頻繁に会いに来てくれるなど、支えてもらったという。その甲斐もあり、徐々に実力をつけていった森保氏は、3年目に公式戦初出場を果たす。
その後、6年目の1992年にはマツダで師弟関係だったハンス・オフト監督が指揮を執る日本代表に初選出され、翌年には日本がワールドカップ初出場の目前まで迫ったアメリカ大会予選で主軸選手として“ドーハの悲劇”を経験した。
現役時代は日本代表で活躍し、指導者転身後は広島で当時の日本人最多となる3度のJリーグ制覇を果たし、日本代表監督として最多の100試合を達成した森保氏。試合時には熱血漢である一方、ピッチを離れると芯の強さを持ちつつ穏やかで謙虚な性格で知られているが、10代の頃には現実と向き合えない時期もあったようだ。
構成●THE DIGEST編集部
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