保育所や幼稚園等における虐待事案が全国で相次ぎ、国が対応を強化するなか、これまで保育現場で当たり前に行なわれてきた保育実践についても「不適切保育ではないか」と疑問視する声があがっている。その一つが、子どもを壁際に並ばせて待機させる際に使われる「壁ぺったん」という言葉かけだ。
しかし、こうした見方に現場からは困惑の声も聞かれる。この言葉かけをどう捉えるべきなのか。一般社団法人日本ウェルビーイング教育・保育協会の髙橋健司代表理事に話を聞いた。
「行為を切り取って一律に善悪を判断することには意味がない」
児童福祉法等の一部を改正する法律(令和7年法律第29号)を受け、同年8月にはこども家庭庁と文部科学省が「保育所や幼稚園等における虐待の防止及び発生時の対応等に関するガイドライン」を改訂し、令和7年10月1日から、保育所等の職員による虐待について、虐待を受けたと思われる児童を発見した者の通報義務等が創設された。
こうした動きの背景には、保育所や幼稚園等における虐待事案が相次いでいる実態がある。子どもの人権を守る意識の高まりから、これまでの保育実践や言葉かけについて疑問視する声も一部であがっている。
その一つに「壁ぺったん」という言葉がある。
これは、子どもたちを壁に沿って座らせたり整列させたりするために使用される言葉で、以前から保育現場では使用されてきた。
しかしSNS上では、保育士らから戸惑いの声も聞かれる。
「『壁ぺったん』が不適切になるなら我々はどう声掛けをすればいいのか」
「壁ぺったんダメなのやばすぎる」
「『壁ぺったん』が不適切保育で、理由は命令だからですか…」
こうした状況を踏まえ、「壁ぺったん」という言葉かけをどう捉えるべきなのか。一般社団法人日本ウェルビーイング教育・保育協会の髙橋健司代表理事に話を聞いた。
「『壁ぺったん』とは、子どもを壁に背をつけた状態で待機させる指示のことです。この行為については近年さまざまな議論がありますが、私は『行為を切り取って一律に善悪を判断することには意味がない』と考えています」
髙橋氏はこう前置きしたうえで、令和7年10月以降の虐待判断で指標とされる「行為の強度・頻度」「保育士等の意図(専門的意図か、感情の吐露か)」「子どもの状況・子どもへの影響」という枠組みに照らして、「壁ぺったん」が問題になるケースとならないケースを次のように説明する。
「問題にならないケースとしては、例えばトイレの後、『ここで壁にぺったんして待っていてね』と伝える場面を想像してください。子どもにとってわかりやすい待機の目印として機能しており、子ども自身も自然に受け入れ、不快感を抱いていない。
このような文脈であれば、それは保育者の専門的な工夫であり、直ちに虐待や不適切な関わりと評価されるものではありません」
「子どもを傷つける意図があるか、または結果として子どもを傷つけているかどうか」
では、「壁ぺったん」が問題になるのはどのようなケースなのだろうか?
「同じ『壁ぺったん』であっても、罰として他の子どもの前でさらされる形で行なわれたり、子どもに恐怖や恥の感情を生じさせたりしている場合は話が変わります。
保育者の意図がどうあれ、子どもにマイナスの感情的影響が及んでいるならば、それは不適切な関わりと判断されます」
一方で、髙橋氏は「行為を切り取る議論」自体への懸念を示す。
「『壁ぺったん』に限らず、人数確認の際に子どもの頭を軽くトントンと触りながら数えるといった慣習的な行為も、近年は不適切保育だとする見方が一部にあります。しかし私はこの潮流に対して、慎重であるべきだと考えています。
保育の現場において『わかりやすさ』は、子どもの主体性と安心感を育む上でとても重要な要素です。
子どもたちは明確な合図や身体的なアンカー(行動の目印)があることで、見通しを持ち、安心して行動できます。
その専門的な配慮を、行為の外形だけを見て一律に問題視することは、保育の質を守るためにならないと感じています」
では、判断の基準はどこに置くべきなのか。髙橋氏は、「子ども自身がどう受け取っているか」を基準にするべきだと指摘する。
「子どもが嫌がっている、不快に感じている、怖いと思っている——そうであれば、それはする必要のない行為です。逆に言えば、子どもが安心してわかりやすく受け取れているならば、それは愛情ある保育の一部です。
『壁ぺったん』の是非は、行為そのものではなく、『その場面における保育者の意図と、子どもへの実際の影響』によって判断されるべきです。
子どもを傷つける意図があるか、または結果として子どもを傷つけているかどうか。この視点こそが、不適切保育を判断する本質的な軸だと考えます」
最後に、保育現場を守るために髙橋氏はこう呼びかけた。
「保育者は日々、愛情と専門性を持って子どもたちと向き合っています。その現場の営みを守るためにも、行為の切り取りではなく、文脈と影響に基づいた冷静な議論が広まることを願っております」
保育士の人手不足が続くなか、現場では子どもの安全や権利を守りながら日々の保育が行われている。保育実践の是非をめぐっては、現場の実態を踏まえた冷静な議論が求められている。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

