現地時間6月8日、バスケットボール殿堂入りを飾った名シューター、レジー・ミラー(元インディアナ・ペイサーズ)がリモート出演したポッドキャスト番組『Dan Patrick Show』が公開された。
ペイサーズ一筋18シーズンを全うした細身のシューティングガードは、通算1389試合に出場して平均18.2点、3.0リバウンド、3.0アシストをマーク。キャリア通算3ポイント成功率は39.5%(平均1.8本成功)で、通算成功数2560本はNBA歴代7位にランクしている。
プレーオフには通算15回進出し、そのうち6度カンファレンス・ファイナルまで勝ち上がった。ファイナル進出は2000年の一度だけで、優勝することなくキャリアを終えたとはいえ、大舞台で幾度となく“ミラー・タイム”を開演し、対戦相手を奈落の底へ陥れてきた。
なかでも1995年のカンファレンス・セミファイナル第1戦は、ミラーの憎たらしいほどの勝負強さを最も象徴するパフォーマンスだったと言っていい。
敵地マディソンスクエア・ガーデンに乗り込んだ初戦、ペイサーズはニューヨーク・ニックス相手に残り18.7秒で6点を追っていた。
この場面でミラーは3ポイントを決めると、直後のインバウンズパスをスティールし、3ポイントラインへ戻って再び3点弾をヒット。その後フリースローも沈め、連続8得点を奪って逆転勝利へと導いた。
こうした名場面をいくつも生み出してきたミラーだが、番組内では「プレーオフキャリアで味わったタフな敗戦2つのうち、どちらに勝ちたかったか」というテーマに。
そこでミラーがピックアップしたのは、1998年のカンファレンス・ファイナル第7戦と、2000年のファイナル第4戦。前者は2連覇中のシカゴ・ブルズと3勝3敗で並び、敵地で臨んだファイナル進出をかけた大一番で、後者はロサンゼルス・レイカーズ相手に1勝2敗で迎えたホームゲームだ。
ミラーが“最も勝ちたかった一戦”に選んだのは1998年だった。マイケル・ジョーダンを倒し、王朝の3連覇阻止まであと一歩に迫っただけに、ショックも大きかっただろう。
「シカゴの地で、自分にとって史上最高だと思う選手を相手に第7戦で勝てたなら、そっちを選ぶね。マーク・ジャクソン(当時の先発ポイントガード)と私は、ジョーダンを引退させたいと思っていたんだ」とミラーは振り返る。 もう一方の2000年のファイナルは、ペイサーズが2勝4敗でレイカーズに敗れて、球団初のNBAチャンピオンを逃した。
このシリーズで、レイカーズはシャキール・オニールがモンスタースタッツを連発して猛威を振るっていたが、第4戦では延長残り2分半にファウルアウト。ペイサーズとしては2勝2敗のタイに持ち込む絶好のチャンスだった。
「シャックがファウルアウトした時点で、私たちはあの試合に勝ったと思った。彼はシリーズで圧倒的な強さを見せていたからね。ところが、あの若きコビー・ブライアントがその才能を発揮し、3勝1敗にされてリードを許してしまった」
ミラーが明かしたように、シャックのファウルアウト後、当時21歳のコビーが覚醒。スムースなボールハンドリングから美しいジャンパーを立て続けに沈めると、終盤には決勝点となるティップショットも成功させ、レイカーズを勝利へ導いた。
ミラーにとってはどちらの敗戦も悔しい思い出だろう。それでも、ペイサーズの象徴は「シカゴ開催の第7戦で、マイケル・ジョーダン相手に勝ったからといって、(ファイナルの)シリーズを制することができていたかは保証できない。でも倒していたら最高だっただろうね」と語り、昔を懐かしんでいた。
NBAのプレーオフでは、これまで信じられないようなドラマがいくつも生まれてきた。そのうちいくつかはミラー自身が生み出してきたのだが、彼が挙げた2試合も、勝者が変わっていればリーグの歴史を大きく変えていたに違いない。
文●秋山裕之(フリーライター)
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