「まっ赤な女の子」以後のシングルは、オリコンのチャートで常に10位以内にランクインした。とはいえ、当時は聖子と明菜に加え、田原俊彦と近藤真彦、さらにチェッカーズという強敵がいたので、なかなか1位にはなれず、84年3月発売の「渚のはいから人魚」でようやく1位となった。デビューから2年かかった。
しかし85年になると、82年組は追われる立場になる。80、82年に続き、85年は女性アイドルが大挙してデビューし、そして成功したのだ。中山美穂、斉藤由貴、南野陽子、浅香唯、本田美奈子、そしておニャン子クラブなどだ。
そんなとき、小泉が歌ったのが、11月に発売された秋元康作詞の「なんてったってアイドル」だった。自己主張ソングの頂点と言っていい。まっ赤な女の子やはいから人魚やヤマトナデシコや魔女だった女の子は、ついに「アイドル歌手」であることを歌う。
これまでのアイドルポップスは、シチュエーションはさまざまでも「普通の女の子」(いまふうに言えば「一般女性」)の感情を歌うものだったが、この歌の主人公はアイドル歌手であり、「アイドルはやめられない」と歌うのだ。前代未聞だった。
2012年4月に小泉は日本経済新聞のインタビューで、この曲についてこう語っている。
〈本当に歌うのがイヤでしたから。『またオトナが悪ふざけしてるよ』って(笑)。ただ、客観的に見て『この曲を歌えるのは私だけだろう』っていう自信はあったし、そういう周囲の期待を感じてはいた。だから歌う〉
自分を客観的に見ることができるのが、小泉の才能のひとつだった。これができないアイドルは虚飾に満ちた芸能界で自分を見失い、壊れていくが、彼女はそうならない。
かくして「なんてったってアイドル」は小泉今日子の代表作となり、彼女は85年組の追撃をかわし、トップアイドルであり続ける。
中川右介(なかがわ・ゆうすけ)作家、編集者。出版社アルファベータ編集長。歌謡曲に論及した「松田聖子と中森明菜」「山口百恵」ほか、クラシック音楽、歌舞伎に関する著書多数。

