
イングランド代表は単なるスター軍団ではない。最大の収穫は“10番”ベリンガム。最後のリハーサルで手にした重要な手がかり【W杯】
雷雨が去ったオーランドの空の下で、イングランド代表はW杯へ向けた輪郭をはっきりと示した。
トーマス・トゥヘル監督に率いられたチームは、本大会の開幕を前に現地入りし、ニュージーランド、コスタリカとの強化試合を消化した。いずれも調整試合ではあるが、2試合の中身は大きく異なっていた。
タンパで行なわれたニュージーランド戦は、ほとんどテストマッチに近かった。前後半でメンバーを入れ替え、選手たちに出場時間を与える意味合いが強かった。1-0で勝利したとはいえ、プレーの強度は高くなく、トゥヘル監督も試合後に満足を示したわけではなかった。
しかし、オーランドでのコスタリカ戦は違った。激しい雷雨によりキックオフは1時間、遅れたが、試合が始まるとイングランドは序盤から主導権を握った。
結果は3-0。デクラン・ライス、アンソニー・ゴードン、オリー・ワトキンスが得点し、内容面でも相手を大きく上回った。
英紙タイムズはこの試合を「洗練され、余裕があり、自信に満ちた勝利」と表現し、W杯本番は親善試合とは別世界だとしながらも、イングランドが目ざす場所へ「かなり近づいた」と評した。
最大の収穫は、ジュード・ベリンガムだった。
ここ数か月、イングランドではトップ下を誰に任せるのかが議論になってきた。アストン・ビラのモーガン・ロジャーズはトゥヘル体制で評価を高め、レアル・マドリーのベリンガムを上回るのではないかとも見られていた。ベリンガム自身は肩やハムストリングの負傷に苦しみ、クラブでは浮き沈みのあるシーズンを送っていた。
だがコスタリカ戦で、ベリンガムは改めて自らの価値を示した。前半にはノニ・マドゥエケへ絶妙なスルーパスを通し、後半には密集する守備陣の間を縫うようなドリブルからエベレチ・エゼのシュートを引き出し、PK獲得につなげた。
英メディアの評価は高い。タイムズは、ベリンガムについて「パスができる。ドリブルができる。シュートが打てる。局面を変えられる。フィジカルで相手を圧倒できる。そしてチームのためにプレーできる」と記したうえで、ロジャーズも優れた選手だが、ベリンガムには「もう一段階上の何かがある」と期待感を示した。
重要なのは、個人技だけではない。トゥヘル監督はベリンガムに対し、単なるスターではなく、チームのために働く選手であることを求めてきた。
コスタリカ戦では、その姿勢も見えた。後半、PKを獲得した場面では、ハリー・ケインが交代していたため、キャプテンマークを巻いていたベリンガムがキッカーを務める可能性もあった。
しかしベンチからアンソニー・バリー助監督がゴードンを指名すると、ベリンガムはボールを譲った。ゴードンが力強く決めると、ベンチはその判断と振る舞いにも拍手を送った。
この試合でベリンガムが示したのは、自分が主役になる力だけではなかった。トゥヘル体制で必要な役割を理解し、周囲を活かしながら違いを作る力だった。
だからこそ、トップ下争いの流れは変わったように見える。クロアチアとの初戦で誰が10番の位置に入るのか。まだ正式な答えは出ていないが、この試合を見れば、ベリンガムを外す判断は難しくなったと言える。
もう一つ、イングランドの攻撃に新しい奥行きを与えているのがケインである。
32歳になった今も、ケインはイングランドの主将であり、絶対的な得点源だ。代表通算79得点という数字が、その存在価値を物語る。
しかし現在のケインは、単にゴール前で仕留めるストライカーではない。バイエルン・ミュンヘンで見せてきたように、中盤まで下がり、ゲームを作り、味方を走らせる役割も担っている。
コスタリカ戦でも、特長ははっきり表われた。ケインは何度も深い位置まで下がり、時には自陣ペナルティエリア付近でボールを受けてビルドアップに関わった。
前線に張るのではなく、相手の守備を引き出し、空いたスペースを味方に使わせる。その動きに合わせて、ベリンガムが前方へ出ていくシーンもあった。その連係は自然だった。
これは、トゥヘル監督がイングランドに植え付けようとしている攻撃の形でもある。ケインが中盤に落ちれば、相手センターバックはついていくのか、残るのかの判断を迫られる。
ついていけば背後にスペースが生まれ、残ればケインが前を向いてパスを出せる。そこにゴードン、ブカヨ・サカ、ベリンガム、ロジャーズのようなランナーが絡めば、イングランドの攻撃は単調ではなくなる。
実際、コスタリカ戦ではゴードンが左サイドで存在感を放った。開始直後から鋭い加速で相手DFを苦しめ、ライスの先制点を演出し、後半にはPKで自らも得点した。
ニュージーランド戦ではマーカス・ラッシュフォードが好印象を残していたが、コスタリカ戦のゴードンは左サイドの先発争いに大きく食い込む出来だった。
チーム全体を見ても、トゥヘル監督のベストメンバーは徐々に見えてきている。ライスは豊富な運動量で中盤を支え、リース・ジェームズとジョン・ストーンズは経験と格を示した。
エリオット・アンダーソンもまた高い評価を受けた。センターバックの間に落ちてビルドアップに関わり、的確なパスと球際の強さを見せた。
サカはアキレス腱の問題を考慮され、出場時間は限られたが、短い時間でも質の高さを示している。サカがクロアチア戦に先発できる状態かどうかは、トゥヘル監督にとって最後の確認事項となる。
もちろん、楽観だけで語るべきではない。コスタリカは若く、移行期にあるチームであり、戦力も万全ではなかった。グループステージ初戦で対戦するクロアチアは、まったく別の試練になる。W杯で問われるのは、強度、経験、勝負どころの判断である。
それでも、イングランドが良い状態で本番へ向かっているのは間違いない。ニュージーランド戦では見えにくかったチームの形が、コスタリカ戦では明確になった。
ベリンガムはトップ下で強烈な存在感を示し、ケインは得点源でありながら攻撃の設計者にもなっている。周囲にはゴードン、サカ、ライス、アンダーソン、ストーンズと、役割を果たせる選手たちが揃う。
チェルシーを欧州王者に導いたトゥヘル監督が率いるイングランドは、単なるスター軍団ではなく、少しずつ一つのチームになりつつある。
ワールドカップ開幕前の最後のリハーサルで、イングランドは重要な手がかりを手にした。ベリンガムを中心にした10番の形。ケインを自由に動かす攻撃の設計。そして、優勝を目ざすにふさわしいチームの骨格。クロアチア戦を前に、足取りは確かに軽い。
取材・文●田嶋コウスケ
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