
三笘薫とは「よく話をするし、良い友人だ」。スウェーデン代表の23歳MFが夢の舞台で抱く野望「優勝したいんだ」。本気なのか?「イエス」【W杯】
日本代表が北中米W杯のグループステージ第3戦で対戦するスウェーデン代表。彼らの中盤で鍵を握る存在が、ブライトンに所属するヤシン・アヤリだ。
取材場所に現われたアヤリは、派手な雰囲気をまとった選手ではなかった。ブライトンの広報が「まだ若いが、非常に落ち着いた性格の持ち主。成熟している」と話していたとおり、第一印象は実にしっかりしている。
饒舌ではなく、声も大きくはない。だが、一つひとつの質問をきちんと聞き、落ち着いた口調で言葉を返していく。受け答えには若さよりも、静かな芯の強さがにじんでいた。
23歳のセントラルMFにとって、北中米大会は自身初のW杯となる。少年時代から家族や友人とテレビで見てきた憧れの大会。記憶の出発点は、2010年南アフリカ大会の決勝だったという。当時、アヤリは6歳だった。
「2010年以降のワールドカップはほとんど見てきた。家族や友人たちと一緒に試合を見ていたね。2010年ワールドカップ決勝でスペインが決めたゴールが、僕にとって最初の大きなワールドカップの記憶だ」
テレビの前で見つめていた舞台に、今度は自らが立つ。アヤリは、その意味を静かに噛みしめているようだった。
「スウェーデンを代表してワールドカップでプレーする。それは、僕の夢が叶うことでもある。サッカー選手として成し遂げられる最大の夢さ。本当に楽しみにしている」
ただ、出場できる喜びだけを語っていたわけではない。スウェーデンの目標について問われると、アヤリは表情を変えずにこう言い切った。
「優勝するために行く。そうでなければ家にいた方がいい。参加するだけではなく、できるだけ多くの試合に勝ちたい。優勝したいんだ」
本気で優勝できると思っているのか。そう問い返されても、アヤリは迷わなかった。
「イエス」
スウェーデンは、特に前線にタレントが揃う。FWに控えるのは、リバプールのアレクサンデル・イサク、アーセナルのヴィクトル・ヨケレス。この2人について聞かれると、アヤリはこう答えた。
「もちろん、彼らは世界最高レベルのストライカー。大舞台でそれを証明しているしね。同じチームにいてくれて本当に嬉しい。一緒にプレーするのが楽しみ。(記者:彼らが優勝まで導いてくれるか?)もちろん、そうさ。でもスウェーデンは、その2人だけではない。チーム全体として、良い組織だと思う。優勝したい。そのために、一試合ずつ大事に戦っていく。そしてできるだけ多くの試合に勝ちたい」
とはいえ、W杯の大舞台へ向かうまでの道のりは、決して平坦ではなかった。
欧州予選では苦しみ、グループ最下位に沈んだ。通常であれば、そこで本大会への道は閉ざされていてもおかしくなかった。しかし、ネーションズリーグ経由でプレーオフへの道を残していたことが、スウェーデンに最後のチャンスを与えた。
予選終盤にチームを託されたのが、かつてブライトンを率いたグレアム・ポッターだ。そう、三笘薫がブライトン加入時に指揮官を務めていた人物だ。
アヤリは、ポッター退団から約5か月後にブライトンに加入。そのため、アヤリとポッターはブライトンで一緒に仕事をしたわけではない。2人が本格的に向き合ったのは、スウェーデン代表でのことだった。
プレーオフ準決勝ではウクライナを3-1で下し、決勝ではポーランドと対戦した。ポーランド戦ではスウェーデンが先行し、追いつかれ、再び勝ち越し、また追いつかれる展開となった。
最後はヨケレスの終盤のゴールで3-2。スウェーデンは劇的な形で、8年ぶりのW杯出場を決めた。
「プレーオフはとても緊張した。決して順調な道のりではなかったし、出場権を得るために、本当に踏ん張らなければならなかった。でも、おかげでチームはより団結していると思う。苦しい時にみんなで支え合わなければいけなかったからね。ある意味、チームが一つになる良い機会だった」
ポーランド戦の決勝ゴールが決まった瞬間、アヤリの胸に広がったのは、ただ一つの感情だった。
「喜び。ただただ喜びだった。スタジアムには5万~6万人の観衆がいて、みんなが叫んでいた。だから本当に喜びだけだった。家族や友人たち、ファミリー同然のチームメイトたち。彼らがあれほどまで喜んでいる姿を見ることができた。それは特別な光景だった」
ポッター監督がスウェーデンにもたらした変化について、アヤリは何度も同じ言葉を使った。落ち着き、信頼、団結。つまり、ポッター監督がスウェーデンに与えたのは、戦術面よりも精神面での変化だった。
「ポッターは落ち着きをもたらしてくれた。当時はワールドカップに行けない可能性もあり、あらゆることが混乱していた。そんななかで彼はやって来て、僕たち自身を信じるようにしてくれた。チームは一つになり、それが結果につながったんだ」
代表チームには、クラブのように細かな戦術を時間をかけて浸透させる余裕はない。特にプレーオフのような一発勝負では、複雑な約束事よりも、選手が迷いなくピッチに立てることの方が重要になる。
「ピッチ上では、あまり多くの指示を出さず、選手たちにプレーを任せてくれた。代表チームはクラブと違う。戦術を浸透させる時間がほとんどない。せいぜい試合の2日、3日前だからね」
ブライトンの仲間や関係者に、ポッター監督について尋ねたこともあったという。返ってきたのは、戦術家としての評価ではなかった。
「どんな監督なのかを尋ねた。でも最初に返ってきたのは、『良い人』という言葉だった。実際、代表のキャンプで初めて会った時、僕自身もそう感じた。まず何よりも良い人で、その次に良い監督という印象だった」
アヤリという選手を理解するうえで、もう一つ欠かせないのが家族のルーツだ。父はチュニジア出身、母はモロッコ出身。そして自身はスウェーデンの生まれである。北アフリカにルーツを持ちながら、スウェーデンの各年代の代表で育ってきた。
父親のルーツであるチュニジアは、奇しくも今回のW杯でスウェーデン、日本、オランダと同じグループに入った。しかもチュニジアとはグループステージ初戦で激突する。だからこそ、チュニジアとの対戦はアヤリにとっても家族にとっても特別な意味を持つ。
また、母の祖国であるモロッコも今大会に出場する。アヤリにとって今回のW杯は、家族のルーツと深く結びついた大会でもある。
「もちろん、チュニジア戦は特別な試合。父がチュニジア出身なので、家族にとって大きな試合になる。父はどちらを応援するのかって? もちろんスウェーデンだよ」
では、自身の代表選択に迷いはなかったのか。
「僕にとっては比較的、楽な選択だった。スウェーデンで生まれたし、若い頃からスウェーデンの各年代でプレーしてきたからね。スウェーデン代表を選ぶのは自然な流れだった」
それでも、両親の祖国への思いが消えているわけではない。
「もちろん、両国の幸せも願っている。父も母も、それぞれの国の出身だからね。子どもの頃は休暇で何度も両国を訪れていた」
日本の読者にとって最も興味深いのは、三笘との関係だろう。ブライトンでチームメイトの2人は、クラブハウスで食事を共にする仲でもある。アヤリは三笘について柔らかい表情で語った。
「とても仲良くさせてもらっている。よく話をするし、良い友人だ。彼と対戦するのは楽しみだ。特にこれだけ親しい間柄だからね。最高の舞台で、親友と敵として対戦する。そういう経験は一生残るものになるから」
この取材が行なわれた5月上旬。その時点では、アヤリは日本との対戦と、三笘との再会を心待ちにしていた。しかし、その数日後、三笘は試合で負傷離脱を余儀なくされる。ブライトンのクラブハウスで食事を共にする友人同士の対決は、残念ながら実現しなかった。
願いこそ叶わなかったが、アヤリにとってW杯の舞台はすぐ目の前だ。6歳の少年がテレビの前で見たスペインの優勝ゴール。あれから16年。今度は自らが、その舞台に立つ。
静かな口調で一つひとつの質問に答えていた若者は、スウェーデン代表の一員として、はっきりとした野心を口にした。
「優勝するために行く」
穏やかな語り口と、大きな野望。その対照こそが、ヤシン・アヤリという選手の印象を強く残した。そしてその言葉どおり、アヤリはW杯を「参加することに意義のある大会」とは考えていない。日本との一戦もまた、優勝への道のりの一つとして見据えている。
取材・文●田嶋コウスケ
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