六代目山口組の沖縄弔問から3日後の5月22日、竹内若頭の姿は沖縄から約2100キロ離れた東京・品川駅にあった。極秘上京の目的とは─。
情報を聞きつけて向かったJR品川駅構内の新幹線北口改札前では、午前10時半頃に組員と思しき複数名の集団が、警戒態勢を取り始めていた。気がつけば、周囲では捜査員も目を光らせている。時計の針が11時を回った頃、竹内若頭が弘道会直参を引き連れ、改札を出てくる。そのまま階下に進み、タクシー乗り場の反対側に着けた送迎車に乗り込んで、素早く現場を後にした。他組織関係者が言う。
「竹内若頭はその足で五分の兄弟分である稲川会・内堀会長と合流し、都内の日本料理店で会食を行ったそうだ。2人は折に触れ、意見交換や交友の席を重ねる仲だが、今回はその席に他団体のVIPも招待され、親交を深めたとの話も聞いた。東西ヤクザの交誼の醸成に、兄弟分の2人が中心となって活発に動いているということだろう」
ナンバー2が躍動する一方で、執行部メンバーとして竹内若頭を支える最高幹部に朗報がもたらされた。
分裂抗争渦中の19年に起きた「弘道会系組員銃撃事件」の実行犯として起訴され、5月12日に開かれた大阪高裁での控訴審で一審に続き無罪判決を下された中田浩司若頭補佐(五代目山健組組長)に対して、検察側は期限である5月26日までに上告せず、無罪が確定したことが明らかになったのだ。
山口組事情に詳しいジャーナリストが言う。
「一審では、検察側は防犯カメラに映る実行犯の服装などの特徴が中田若頭補佐と一致していると主張、懲役20年を求刑しましたが、神戸地裁は『中田若頭補佐が犯人である可能性は高いが、別人の可能性も否定できない』と無罪を言い渡し、大阪高裁もこれを支持しました。無罪の一報を弁護士から受けた山健組では、その日のうちに岡山県備前市内の関連施設で傘下組員への報告が行われ、大きな拍手に包まれたそうです」
足かけ7年に及ぶ裁判闘争が異例の完全勝利に終わったことは、六代目山口組にとってもさらなる躍進の弾みとなることは間違いない。

