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原田龍二「誰がなんと言おうと霊はいる!」〈今週の龍言〉デビュー当時は「第二の尾崎」と呼ばれたこともあった‥‥

原田龍二「誰がなんと言おうと霊はいる!」〈今週の龍言〉デビュー当時は「第二の尾崎」と呼ばれたこともあった‥‥

 今回はファンについてお話しします。ファンの方々から写真やサインを求められる時に「本当にファンなんですか?」と冗談っぽくかますことがあるんです。僕は天邪鬼ですから。ファンという言葉はすごく曖昧で、どこからどこまでがファンなのかと考えてしまいます。

 今のところユーチューブの「ニンゲンTV」が唯一ファンの皆さんとの接点がある場所。書き込まれるコメントはすべて見てます。褒められたらうれしいし、けなされたら「事情も知らねえで、タダで見てるくせに」と思ったり。再生数は気にしますよ。でも、再生回数が伸びているものが正解なのか。そもそも正解って何? と思ってしまいます。

 大量のスマートフォンを操作する「スマホ農場」で再生数を増やすことが話題になりましたけど、あれは噓で固めた数字。僕は噓が大嫌いですから、おカネを出してまでそんなことをするなんて考えられない。数字でいうとドラマに主演すると視聴率が指標になります。でも実際、作品は主演だけじゃなく大勢のスタッフもかかわっているわけですからね。ましてやドラマの場合は脚本の影響が大きい。水谷豊さんも「まず本だ」とおっしゃってますよ。

 バラエティーや旅番組に出演したらプロデューサーとかディレクターに一応「数字どうでしたか?」と聞きますけど、本音はどうでもいいっちゃどうでもいい。僕が本当に視聴率を気にするのは「相棒」だけです。僕が演じる陣川公平は毎回出るわけではないので、前回より低くなってなきゃいいなと。思い入れのある役ですから、やっぱり「原田の陣川が必要だ」と言われたいんですよ。

 ユーチューブに関していえば再生数ばっかり追っかけるとブレます。「ニンゲンTV」には基本、お化けは登場しません。ある意味、登場させないのが売りとも言えますね。

 この間、里見浩太朗さんとの対談を改めて読み返しました。

「お化けはいると思います?」との僕の質問に、里見さんは、

「いない!」

 とかぶせ気味に否定したんです。よくよくお話を聞くと、

「でも守護霊みたいなものはいる」

 と言っているんです。これって矛盾してると思いませんか? 実はそれには理由があったんです。里見さんは東京と京都を往復することが多く、途中、富士山が見える富士川鉄橋を渡る際には必ず富士川の上流に眠る両親のお墓と富士山に「応援してくれ」と声をかけて手を合わせるんです。「きっと両親はどこかで見てくれている」という思いが、「守護霊というものはある」という認識になったというわけです。里見さんが言う「守護霊」は僕のような「心霊が存在してほしい派」の人たちが思い浮かべる“邪悪なお化け”ではなかったわけなんです。

 話をファンに戻すと、過去に「ニンゲンTV」のライブを2回開催しました。来てくれたお客さんは物静かな人が多かったという印象です。ただ、僕を出待ちしている人たちにサインと写真をせがまれた時、「いつも見てるんです!」との言葉の圧にはエナジーがほとばしってましたけどね。

 タレント活動をしている時のファンとオカルト活動してる時のファンは全然違います。彼らは僕のファンと同時に心霊界に対するファンでもあります。「原田頼む、心霊を立証してくれ」という感じ。僕は「こいつは信用できる」と思われる人間でありたいんです。

 若い頃、僕のファンクラブが存在しました。「原田龍二と行くグアム旅行」なんてファンミーティング企画もあったりして。アイドル歌手も顔負けですね。

 当時の所属事務所は僕を「第二の尾崎豊」に仕立て上げたかったみたいで、デビューイベントは渋谷のライブハウス「eggman」で開かれました。初めてのライブにもかかわらず満員。まだ何も活動してない、どこの馬の骨かもわからない新人歌手なのに。

「これは動員?」

 完全にお膳立てされたもの。ロックとは程遠いステージです。僕はこの状況を黙っていられないから、

「お前たちなんでここに来たの? 俺のナニが好きなんだ? 俺のことなんて何も知らないくせに!」

 MCで憎まれ口を叩いたんですよ。その時のお客さんの表情たるや‥‥。スーッと血の気が引いてました。当たり前ですよね。「よく言った、頑張ってー」とはならない。いきなり冷や水をぶっかけてるんだから。

「第二の尾崎現る」的なスポーツ紙の報道もあったので、ライブハウスを訪れた人の中には、少なからず尾崎さんの残像を追い求めてた人もいたとは思うんですよ。実際、僕は尾崎さんが好きでしたし、かといって目の前にいる人たちは俺の何が好きで来てるのか、まったくわからなかったんです。

 でも、歌えば盛り上がってくれた。まさにこの時の罵倒が天邪鬼・原田龍二を象徴するエピソードなんじゃないかなと思いますね。なので「ファンなんです!」と言われるのは今でも引っかかりがあるんです。

“第二の尾崎”的な活動は3年ぐらいやりましたね。自信はまるでなかった。実力もなくチヤホヤされて続けられてるだけでCDも売れないわけですから。

 同時に俳優業もこなしていたのでこの路線は難しくなりました。尾崎さんが俳優をやってなかったということじゃなくて、俳優だとバラエティーや番宣も出なきゃいけない。そうなると「神格化されるミュージシャン」を目指せないですよね。僕はすでに「世界ウルルン滞在記」(TBS系)のロケでスリランカに行ったり、自分をさらけ出す方向に舵を切ってましたから。最終的に尾崎路線断念の決断は「南町奉行事件帖 怒れ!求馬」(TBS系)の主演オファーです。歌を取るか時代劇を取るか。これは悩みました。「二刀流」という考えはなかったですね。

 まだ若かったし、自分の力量的にも二足のわらじはできなかったでしょう。毎日殺陣や所作を覚えるだけでヘトヘトになってましたから。今思えばですが、刀をマイクに代える「時代劇ロック」も面白かったのかもしれませんけどね。

原田龍二(はらだ・りゅうじ)1970年生まれ。東京都出身。92年ドラマ「キライじゃないぜ」で俳優デビュー。「水戸黄門」「相棒」シリーズなど出演多数。温泉バラエティ「湯一無二」(MX)のほかユーチューブ「ニンゲンTV」ではゴーストハンターとしても活躍中

配信元: アサ芸プラス

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