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「MJが私の人生を変えた」名シックスマンが語る“神様”ジョーダンの影響力「自分を認めてくれた」<DUNKSHOOT>

「MJが私の人生を変えた」名シックスマンが語る“神様”ジョーダンの影響力「自分を認めてくれた」<DUNKSHOOT>

NBAのレジェンドであるマイケル・ジョーダン(元シカゴ・ブルズほか)は、負けず嫌いなど数々の伝説的エピソードが語り継がれている。ブルズの後輩で交流があった元NBA選手のジャマール・クロフォードが、“バスケットボールの神様”との出会いを振り返っている。

 1984年のドラフト1巡目3位指名でNBA入りしたジョーダンは、ブルズで最初の3連覇(91~93年)を達成した直後の93年10月に現役引退を電撃発表。その後、野球挑戦を経て95年3月に電撃復帰を果たし、96~98年に2度目の3連覇。2度目の引退を経て、2001-02シーズンからワシントン・ウィザーズで2年間プレーした。

 史上最多となる得点王10回、歴代トップの平均30.1点、88年には最優秀守備選手賞にも輝き、NBA50周年記念オールタイムチームとNBA75周年記念チーム選出、そしてバスケットボール殿堂入りと、その実績と影響力はリーグ史においても別格と言えるものだった。

 一方、ミシガン大出身のクロフォードは2000年のドラフト全体8位でクリーブランド・キャバリアーズから指名。直後にブルズへトレードされ、NBAキャリアをスタートさせることになるが、ドラフトの過程でジョーダンとコンタクトがあったとポッドキャスト番組『The Pivot Podcast』で回想した。
 「父が『MJがお前のプレーを気に入ってるぞ』と言ってきたんだ。当時はSNSもない時代だったから、『父さん、嘘をつくなよ』と信じなかった。その後、シカゴに加入することになって、(名トレーナーの)ティム・グローバーから朝6時に電話があった。『MJがお前に会えると言っているぞ』とね。急いでダウンタウンへ向かったよ。

 ジムに入ると彼はウエイトルームにいて、ティムとMJ、そして私の3人だけだった。彼はトレーニングの合間に私のところへ来てこう言ったんだ。『お前のプレーは好きだ。この夏、一緒にワークアウトしよう』とね」

 ジョーダンは198cm・98kg、クロフォードは196cm・91kgと数字上の体格差は大きくないものの、実際は“オーラ”も相まって特別な存在感を感じたという。

「実際のMJはデカいなんてもんじゃない。人間を超越したサイズ感だ。彼の周りには後光が差しているようで、現実のものとは思えないほどだった。もし今彼がここに入ってきたら、白い煙が立ち込めるような特別なオーラを感じるはずだ」

 ジョーダンと言えば、試合はおろか、練習、そして移動中のトランプゲームでも負けることを嫌ったほど生粋の負けず嫌いとして知られる。クロフォードもオフシーズンのワークアウトやピックアップゲームでその体験をしたと明かす。「初めてMJと一緒にプレーした時、私たちは敵だった。その試合で私のチームが勝ったんだ。その時の彼の怒りようといったらもう……。MJは部屋の隅に座り込んで、まるでNBAファイナルの第7戦で負けたかのようなリアクションをしていた。『これは夏の練習試合だし、あなたはもう40歳近いのに、一体なんなんだ』と驚いたよ。

 翌日、練習に行こうとしたらグローバーからの電話が鳴り止まなくて、『どこにいるんだ? MJがお前を待っているぞ。お前が来るまで練習を始めないと言ってる』と言うんだ。MJは私が来るのを待っていた。そしてその瞬間から、私たちは引退するまでずっと同じチームでプレーし、一度も負けることはなかった。ペニー・ハーダウェイ、アントワン・ウォーカー、ポール・ピアース……あらゆるスターがシカゴに集まったけど、私たちは無敵だった」

 クロフォードはジョーダンと同じブルズに在籍(公式戦で共闘経験はなし)しただけでなく、2003年のゲータレードのCMで若き日のジョーダン役を演じた。その際にエージェントから「MJがCMでお前を指名している」と連絡があったという。
 「有名なゲータレードのCMで、私の役割は『若き日のジョーダン』を演じることだった。撮影中、私は緊張して『あなたのようにプレーすればいいのか、それとも自分らしくいればいいのか?』と聞くと、彼は『考えすぎるな、ただプレーしろ』と言ってくれた。史上最高の選手から『若い頃の俺を演じてくれ』と言われるなんて、本当に信じられない経験だった」

 その後クロフォードはNBAで20年間プレーし、歴代20位の通算1327試合に出場、歴代最多タイのシックスマン賞3回を受賞するなど輝きを放ったが、ジョーダンが精神的な支えだったと振り返る。

「史上最高の選手が自分のプレーを認めてくれるということは、若手選手にとって最高の燃料になる。MJが私を信頼し、試合の勝負どころでボールを託してくれた経験は、私の人生を変えた。

 さらに、私が(2001年に左ヒザの)前十字靭帯を断裂した時、彼は自ら名医を紹介し、手術の手配までしてくれた。手術の前夜にも『大丈夫か? 調子はどうだ?』とわざわざ電話をくれた。MJが私を気にかけてくれているという事実は、コート上のどんな困難も乗り越える力をくれた。私のゲームは、彼のおかげでロケットのように向上したんだ」

 史上最高のシックスマンとも呼ばれたクロフォードの活躍の根底には、ジョーダンの存在があったのは間違いない。

構成●ダンクシュート編集部

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配信元: THE DIGEST

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