
ゼロイチファミリアの正社員となり、アイドルプロデューサーとしての第一歩を踏み出した小鳥遊るい。彼女のプロデュース論を語る上で欠かせないのが、自身がかつて「筋金入りのアイドルオタク」だったという経歴だ。インタビュー第2回では、三重から東京へ毎週のように遠征していたディープなオタク時代のエピソードや、その後自らがステージに立つ側(プレイヤー)になってアップデートされた「理想のアイドル像」とファンへの熱い思いに迫る。
■奈良から東京へ毎週遠征、チェキ代のために格安夜行バスを血眼で探した日々
――小鳥遊さんといえば、元々は筋金入りのアイドルオタクからプレイヤーになったという経歴の持ち主です。改めて詳しく聞かせてください。
私のアイドルオタクとしての原点は、大学生の頃にあります。実は高校生まで三重県のかなり田舎の方に住んでいたので、周りにアイドルのライブを見に行けるような環境がほとんどありませんでした。三重県って、いろんなアイドルの全国ツアーとかでも、名古屋や大阪に挟まれてライブが飛ばされやすい地域なんです(笑)。だから、高校生まではライブを生で見た経験自体がほとんどなくて、画面の向こう側の世界としてアイドルを応援していました。
その後、大学進学を機に奈良県に住むことになったのですが、あるとき「せっかくだから、今話題のライブアイドルさんを一度生で見に行ってみよう」と思って、現場に足を運んだんです。それが全ての始まりでした。
初めて生で見たライブアイドルのステージは、本当に衝撃的でした。ステージの上でキラキラ輝くメンバーの皆さんの姿はもちろん素晴らしかったのですが、何よりも驚いたのは、客席にいるファンの皆さんの圧倒的な“熱量”でした。コールを叫んだり、一体感を持って全力で応援している空間そのものに、文字通り圧倒されてしまって。体中に電気が走るような衝撃を受けて。
初めて現場を体験したその次の週には、もう東京のライブハウスに遠征していました(笑)。あの空間が放つ熱狂に、一瞬で魅了されてしまったんです。
――そこから「年間100本以上」という驚異的なペースで現場に通う、ディープなオタク生活が始まったわけですね。
そうなんです。もう生活の全てがアイドル中心に回り始めました。当時は大学に通いながら、いかにお金をやりくりして東京の現場に遠征するか、そればかり考えていましたね。
奈良から東京へ行くとき、普通に新幹線や夜行バスを使うと結構お金がかかってしまうんです。そこで、私は少しでも交通費を浮かせるために、まず奈良から電車で大阪まで移動していました。大阪発の方が東京行きのバスの便数が多くて、需要があるので格安のバスが見つかりやすいんです。本当にギリギリの格安夜行バスを血眼になって探して、それに揺られて毎週のように都内のライブハウスに通い詰めていました。
大人になった今の感覚だと、新幹線で行った方が体も楽だし、時間も有意義に使えるって分かるんですけど、当時の私にとっては、交通費で浮かせた1000円、2000円の差が、推しメンのチェキ1枚分、2枚分になるんです(笑)。「この1000円をケチれば、もう1回推しメンと話せる!」と思うと、格安バスの狭い座席で一晩中過ごすことなんて、全く苦になりませんでした。とにかく自分の持てる時間とお金の全てをアイドルに注ぎ込んでいた、本当に濃いオタク時代でした。

■「生きる活力をくれる存在」――プロデュースでもブレさせない理想のアイドル像
――それだけ熱狂的にアイドルを見つめていた小鳥遊さんの中に育まれた「理想のアイドル像」とはどのようなものでしょうか?
私にとっての理想のアイドルは、「生きる活力や元気をくれる存在」です。きれいごとのように聞こえるかもしれないですが、当時の私は、本当にアイドルの存在のおかげで日々の大変な大学生活や課題を乗り切る力をもらっていました。
客観的に考えたら、週末に大阪から夜行バスの狭い席に一晩中揺られて東京へ行って、朝から晩までライブハウスをハシゴして、また夜行バスで一晩かけて帰ってくるなんて、体力的には絶対にボロボロになるし、しんどいはずなんです。普通なら月曜日の朝は疲労困憊で動けないはず。なのに、ライブを見て帰ってきた月曜日の朝の方が、遠征に行く前よりも何倍も心が元気になっていて、エネルギーが体中からみなぎっているのを毎回実感していました。アイドルからパワーをもらうことで、「よし、今週も大学やアルバイトを頑張って、また次の週末に大好きな推しメンに会いに行こう!」って、自分の日常を輝かせることができたんです。
だから、ファンの皆さんが会いに来てくれるその一瞬、そのステージで、日常の悩みやつらさを全て吹き飛ばすくらいのエネルギーを与えられる存在こそが、最高のアイドルだし、私がプロデュースする上でも絶対にブレさせたくない理想の姿です。
私はオタクとしての原点があるからこそ、自分がプレイヤーとしてステージに立つようになってからも、ファンの方がライブに来てくれることがどれだけ大変なことかを、誰よりも理解しているつもりです。みんなそれぞれの生活があって、お仕事を頑張ってお金を稼いで、貴重な休みという時間を作って、世の中にたくさんある娯楽の中からわざわざ私たちのライブを選んで会いに来てくれている。それがどれだけ奇跡的で、ありがたいことか。身にしみて分かっているからこそ、ステージに立っている間は一秒たりとも妥協したくなかったし、ファンの皆さんの思いには何倍ものエネルギーでお返ししなければいけない、という強い使命感を持って活動していました。この「ファン目線」を絶対に忘れないことこそが、私のプロデューサーとしての最大の武器であり、軸になると思っています。

■毎日配信2000日以上で実感した「アイドルとファンはお互いに元気を交換し合う存在」
――オタクとしての視点を持ったまま、小鳥遊さんは「#ババババンビ 」のメンバーとしてステージに立つ側、つまりプレイヤーになりました。実際に自分がアイドルになってみて、それまでの意識に変化やアップデートはありましたか?
オタクだった頃の私は、アイドルの世界に対して「ステージの上はキラキラしてて本当にすてきだけど、きっと裏ではいろんな大人の事情があったり、メンバー同士の葛藤があったり、つらいことや大変なこともたくさんある世界なんだろうな」って、ある程度冷めたというか、現実的な目線でも見ていたんです。よく「アイドルの裏側は大変だ」って世間でも言われますし、私自身、自分がアイドルになる前は「こんなメンタルの弱い私が、そんな厳しい世界で本当にやっていけるのかな…」と、ものすごく大きな不安を抱えていました。
でも、実際に自分がゼロイチファミリアでアイドルになって、#ババババンビ として活動を始めてみたら、その不安は良い意味で完全に裏切られました。もちろん、活動の中で肉体的にしんどいことや、思い通りにいかなくて悔しい思いをするような、大変な瞬間はたくさんありました。だけど、実際に活動してみて分かったのは、その大変さを遥かに、何十倍も何百倍も超すぐらいアイドルというお仕事が「最高に楽しい」ということだったんです。
ファンの皆さんは、いつも私に「るいちゃんから毎日たくさん元気をもらっているよ」って温かい言葉をかけてくださるんですけど、実は元気をもらっていたのは私たちアイドル側の方でもあったんです。毎週末のライブがあるから、皆さんが笑顔で待ってくれている現場があるからこそ、私たちは毎日の厳しいレッスンや大変な活動を全力で頑張ることができた。
私は#ババババンビ としての活動期間中、ファンの方とつながれる配信を毎日欠かさず続けていて、最終的には通算で2000日以上、毎日配信をやっていたんです。周りの方からは「毎日続けるなんて本当にすごいね、大変じゃない?」って言われることも多かったのですが、私にとっては全く義務感ではありませんでした。むしろ、配信を開いてファンの皆さんと他愛もない話をしたり、応援の言葉をもらったりする時間の方が、自分自身が一番楽しくて、明日への元気をもらえる大切な時間だったんです。
「アイドルはファンに一方的に元気を与える存在」ではなくて、「アイドルとファンが、お互いに元気を交換し合って、一緒に生きていく存在」なんだ。プレイヤーになって、ファンのみんなと深い信頼関係を築けたからこそ、その相互関係の温かさに気付くことができました。アイドル側もこんなに救われていて、こんなに楽しいんだという発見は、私の中にあったアイドルの概念を大きくアップデートしてくれましたし、本当に何事にも代えがたい大切な財産になりました。だからこそ、新しく作るグループのメンバーたちにも、アイドルという生き方を心から「楽しい!」と思って活動してほしいなと思っています。


