強い西武が帰ってきた。プロ野球セ・パ交流戦は西武が14勝3敗1分で終え、勝率8割2分4厘という12球団歴代最高勝率で優勝を決めた。パ・リーグ全球団で唯一の未タイトルだったが、セ・リーグ6球団に全て勝ち越すという完全優勝に、試合後の西口文也監督は、
「バスに乗ってから喜びたいと思います」
淡々とそうコメントした。
優勝の要因は、交流戦のチーム防御率が1.53というとんでもない数字に加え、長年苦しんでいた貧打が解消したことにある。2020年の育成ドラフト2位の長谷川信哉が2戦連続サヨナラ打を放つなど、覚醒した。2年前には球団ワーストのシーズン91敗だった、ドン底から這い上がった。
V字復活のポイントは、現場とフロントが一体になったチーム改革。生え抜きの最後の砦だった西口文也監督を2軍から昇格させたのをきっかけに、鳥越裕介ヘッドコーチ、仁志敏久野手チーフ兼打撃コーチ、大引啓次2軍野手コーチと、主要コーチポストに現役時代に西武に在籍したことがない人材を投入した。
巨人やDeNAに在籍した仁志コーチは、
「野球では全く接点がなく、オファーをいただいた時には驚いた」
と話しているが、実は意外な接点がある。西口監督と仁志コーチの子供が同じ学校(早実)に通う「パパ友」だったことだ。
仁志コーチは現役引退後、新たな指導者像を目指して筑波大大学院に入学し、心理学を中心に野球以外の座学に励んでいた。これにより西口監督の要請で、チーム再建がミッションになった西武に入閣することになった。
大引コーチも現役引退後に日体大大学院で、コーチング学を本格的に専攻している。
新庄剛志が脱帽した「もう強くて強くて」
1982年に初の日本一になると、日本シリーズ6連覇を含む8度の日本一。破壊力抜群のAKD砲(秋山幸二、清原和博、デストラーデ)を軸に、鉄壁の守備と投手王国を作り上げた。先発陣(東尾修、渡辺久信、工藤公康、郭泰源ら)だけでなく、リリーフ陣(潮崎哲也、鹿取義隆ら)と、憎らしいほど強かった。
ところがその後、毎年のように主力選手をFAで引き抜かれ、ここ数年は山川穂高(現ソフトバンク)らの女性問題など多くのスキャンダルが続出して、一気に低迷。そこからの急復活である。
日本ハムの新庄剛志監督は、
「今年(の西武)はもう強くて強く。素晴らしい優勝だと思います」
とコメント。大本命のソフトバンクより上のパ・リーグ首位に立ち、生まれ変わった。
「ライオンズが強くないと、野球は面白くない」
寡黙な西口監督が言う通りの展開になってきた。
(小田龍司)

