
危険で魅力的な第一歩を踏み出したイングランド代表。トゥヘル監督は「恐れるな」と鼓舞。自国メディアもほくそ笑む「小声で言うが...楽しかった」【W杯】
イングランド代表が、久しぶりに観る者の感情を揺さぶった。
北中米ワールドカップ初戦。ダラスで行なわれたクロアチア戦は、4-2というスコア以上に強い印象を残す一戦だった。ハリー・ケインの2得点、ジュード・ベリンガムの勝ち越し弾、そして途中出場のマーカス・ラッシュフォードによる仕上げの一撃──。
攻撃面では迫力があり、試合のテンポは速く、前へ前へと相手を押し込んでいく。少なくとも近年のイングランド代表に対して抱かれてきた「堅実だが退屈」というイメージとは大きく離れたものだった。
英BBC放送は試合後、こう表現した。
「イングランドは近年、多くの時間で“見ていて苦しいチーム”だった。しかしクロアチア戦は、スリリングな攻撃サッカーと守備の脆さが入り混じった内容であり、スタジアムを後にするサポーターの表情には笑顔が浮かんでいた」。そして同メディアは、ややためらうようにこう記した。「これは小声で言うが...楽しかった」。
まさにその一言が、クロアチア戦のイングランド代表を言い表わしていた。もちろん、トーマス・トゥヘル監督が望んだ通りの試合展開ではなかったのかもしれない。前半のイングランドは二度、リードしながら二度、追いつかれた。
ケインがPKとヘディングで得点を重ね、イングランド代表のW杯通算得点数でガリー・リネカーの10得点に並んだにもかかわらず、守備のミスによってクロアチアを試合へ引き戻してしまった。
ジョン・ストーンズとエズリ・コンサのCBコンビは安定感を欠き、3-2とリードした後でさえ、失点の気配は消えなかった。
それでも、この危うさを含めて試合は面白かった。ガレス・サウスゲート前政権のイングランドは、大会を勝ち進む力を持ちながら、どこか重苦しかった。EURO2024で決勝に進み、カタールW杯でもベスト8に入ったが、国民を熱狂させるような奔放さは乏しかった。
だが、トゥヘル監督のイングランドは違った。守るために引くのではなく、奪いにいく。そこに、英メディアとファンが強く反応した。
試合を変えたのはハーフタイムだった。
前半終了時点でスコアは2-2。英ITVの中継でアシスタントコーチのアンソニー・バリーは、前半のイングランドに「恐怖に支配されたプレーが見られた」と率直に語った。代表チームのスタッフがここまで明確に問題点を口にするのはかなり珍しい。
だが、ロッカールームでトゥヘル監督は怒鳴り散らしたわけではない。試合後、彼は選手たちと座り、まず彼らを落ち着かせる時間を与えたと明かしている。
そして伝えたのは、「恐れるな」ということだった。結果がどうなろうと、代表合宿からここまでの17日間で見てきた選手たちへの評価は変わらない。自分たちのやり方でやれ。勇敢に、激しく、前へ出ていけ。「恐れるものなど何もない。ただ勝ちにいけ」と。
トゥヘル監督の言葉は、落ち着いたものだったという。しかし、そのメッセージは明確だった。負けるとしても、自分たちのやり方で負けろ。守るために縮こまるな。主導権を奪いにいけ。
英タイムズ紙は、このハーフタイムを「単なる前半と後半の分岐点ではなく、ハーフタイムそのものが一つの試合だった」と表現した。そして後半のイングランドは、まさに別のチームになった。
ベリンガムが中盤から力強く持ち上がり、マリオ・パシャリッチを振り切って勝ち越しゴールを決める。タイムズはこの得点を「海賊のように大胆で、あらゆる面で存在感を示した」と評した。
先発の座を取り戻した22歳MFは、自分の特別な才能がチームにとって本当にプラスになるのかという疑問を、ピッチ上で完全に吹き飛ばした。
試合後の光景も象徴的だった。ベリンガムはルカ・モドリッチとユニホームを交換し、感情をにじませた表情でスタジアムを後にした。その背後では、イングランドサポーターがビートルズの『Hey Jude』を大合唱していた。
トゥヘル監督の勇気は、言葉だけではなかった。
3-2でリードしていた後半、彼は守備的なデクラン・ライスに代えて攻撃的なモーガン・ロジャーズを投入し、アンソニー・ゴードンに代えてラッシュフォード、さらにノニ・マドゥエケに代えてブカヨ・サカを送り込んだ。リードを守るためではなく、リードを広げるための交代だった。
元イングランド代表FWのウェイン・ルーニーは、ラッシュフォード、サカ、ロジャーズが投入されるのを見て「この交代は本当に大好きだ」と語り、トゥヘル監督の前向きな姿勢を称賛した。引いて守れば試合は神経質になる。だから攻める。そこに、トゥヘル体制の新しさがあった。
一方、この試合を最も大きな文脈で捉えたのが、ジェイミー・キャラガーだった。
英テレグラフ紙の手記で、彼は「(トゥヘル監督が)国際サッカーの常識を覆そうとしている」と論じた。長年、イングランドは大会で失敗するたびに、ボールを保持できない、試合をコントロールできない、ビッグトーナメントを勝ち抜けないと言われ続けてきた。W杯を制するのは、ゆっくりと試合を支配するテクニカルなチームだ。そう教え込まれてきたのである。
ところが、イングランドが招いたドイツ人監督は、この試合でまったく逆のことを求めた。プレミアリーグの強度、テンポ、縦への推進力を代表チームに持ち込む──。キャラガーはそれを「壮大なサッカー実験」と呼び、こう問いかけた。「プレミアリーグ型のこのチームは、本当にW杯に優勝できるのか?」と。
答えはまだ分からない。
ただ歴史は警告している。1970年代のオランダ、1982年のブラジル、1986年のデンマーク。攻撃的なチームは、必ずしも最後にW杯でトロフィーを掲げていない。クロアチア戦のイングランドにも、同じ危うさはあった。守備は不安定で、相手がより鋭い攻撃力を持つチームであれば、代償を払わされる可能性もある。
それでも、1966年に自国で開催されたW杯以来、60年ぶりの世界王者を目ざすイングランドにとって、この初戦は単なる勝利以上の意味を持った。トゥヘル監督は就任初日から「ユニホームの2つ目の星」を目標に掲げてきた。つまり、W杯制覇である。欠点も多く見えた試合だが、それでも今後、対戦する国々はイングランドの攻撃力を見て少なからず警戒したはずだ。
久しぶりにイングランドは国民が心から楽しめる代表チームになった。トゥヘル監督のイングランドは、そんな危険で魅力的な第一歩を踏み出した。
文●田嶋コウスケ
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