
海洋に生息する「オサガメ」は、現生するカメの中で最大種です。
そんなオサガメには、ある奇妙な習性があります。
それが「1時間に約8リットルもの涙を流す」ことです。
彼らがこれほどまでに”号泣”しなければならないのには、ある切実な理由がありました。
目次
- 海の中にいるのに「水不足」になる?
- 「泣きながら食べる」ことで塩を外へ出している
海の中にいるのに「水不足」になる?
こういうと、海で暮らす生き物が水に困るというのは不思議に聞こえるでしょう。
しかし海水は、たとえ海に生きる動物でも、そのまま飲める水ではありません。
ウミガメを含む脊椎動物の体液の塩分濃度は、海水のおよそ3分の1です。
つまり、体の中は海よりもずっと薄い塩分濃度で保たれています。
もし体内の塩分濃度が海水に近づいてしまえば、細胞の働きは乱れ、生命活動に深刻な影響が出てしまいます。

そのため、海で暮らす動物にとって重要なのは「水を取り入れること」だけではありません。
むしろ「水分を保ち、塩を出すこと」が生存の大きな課題になります。
そしてオサガメの食事は、この問題をさらに難しくしています。
オサガメはクラゲ、海洋無脊椎動物、藻類、海草などを食べますが、これらの食べ物は海水と似た塩分濃度を持っています。
特にオサガメの主食となるクラゲは、体のほとんどが水でできており、その水は基本的に海水と同じように塩辛いものです。
つまりクラゲを食べることは、栄養を得ると同時に、塩水のかたまりを口に入れることでもあります。
さらに海中で食べる以上、食べ物と一緒に海水を飲み込むことも完全には避けられません。
オサガメのようにクラゲを食べ続ける動物は、食事をするたびに「栄養」と「大量の塩」を同時に受け入れているのです。
では、ウミガメはこの塩分をどのように処理しているのでしょうか。
「泣きながら食べる」ことで塩を外へ出している
オサガメには、海水をできるだけ飲み込まないための工夫があります。
その一つが、特殊な食道です。
オサガメの食道の内側には、角質化した円錐状の「トゲ」のような構造が並んでいます。
これらは胃の方向を向いており、食べ物が逆流したり、水と一緒に外へ逃げたりしにくいように働きます。
たとえばクラゲを飲み込むと、発達した食道の筋肉が収縮し、入り込んだ余分な海水を押し出します。
一方で、トゲが食べ物を押さえるため、海水を体外に排出する一方で、栄養になる部分は体内へ運ばれます。
とはいえ、この仕組みだけですべての塩を防げるわけではありません。
そこで重要になるのが、目の後ろにある「塩類腺」です。
ウミガメの腎臓は、体に入った大量の塩を十分に処理できません。
その代わり、涙腺が特殊化した塩類腺が、血液中の余分な塩分を取り除き、涙として外へ排出します。
この涙はただの水ではありません。
海水の約2倍もの濃さを持つ、粘り気のある塩辛い液体です。
オサガメの場合、塩で体を壊さずにクラゲを食べ続けるためには、1時間に約8リットルもの涙を流す必要があるとされています。
人間の目には、オサガメが泣きながら食べているように見えます。
しかしそれは悲しみではなく、海で生きるための排塩システムなのです。
水中では、この涙はすぐに海水に薄まってしまうため、ほとんど見えません。
オサガメの涙は、感情のしるしではありません。
それは、塩辛い海の中で低塩分の体を守るために進化した、命をつなぐための液体です。
海は生命を育む場所である一方で、そこに暮らす動物に常に塩分との戦いを強いています。
オサガメが流す涙は、その静かな戦いの跡なのです。
参考文献
‘This is the cost of living in seawater’: The ingenious and (to us) heartbreaking way turtles survive the salty oceans
https://www.livescience.com/planet-earth/this-is-the-cost-of-living-in-seawater-the-ingenious-and-to-us-heartbreaking-way-turtles-survive-the-salty-oceans
Why do sea turtles cry?
https://www.submon.org/en/why-do-sea-turtles-cry/
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

