
日本では稀に「小人のような小さなおっさんを見た」という人がいますが、お隣の中国には、実際に食べると小人の幻覚が見えるキノコが存在しています。
このキノコは中国雲南省の市場でも普通に売られている食用のキノコですが、加熱不足で食べた場合、幻覚症状が現れます。
そして驚いたことに、現地の病院の記録によるとこのキノコの幻覚症状で受診した人の96%が、一貫して小さな人々やエルフのような存在の幻覚を見たと申告しているのです。
なぜ、ほとんどの人が同じような幻覚を見るのでしょうか?
米国ユタ自然史博物館(Natural History Museum of Utah)のコリン・ドムナウアー(Colin Domnauer)氏らの国際研究チームは、その幻覚成分を明らかにするべく、問題のキノコの遺伝子解析を行いました。
その結果、既知の幻覚成分に関連した遺伝子が発見できず、「未知の幻覚成分」がこの小人の幻覚と関係している可能性が明らかになったのです。
この研究の詳細は、2026年6月5日付けで科学雑誌『マイコロジア(Mycologia)』に掲載されています。
目次
- 世界各地に伝わる「小人の目撃談」
- ネット販売されているキノコも分析してみた
世界各地に伝わる「小人の目撃談」
中国の雲南省の市場には「見手青(Jian shou qing)」と呼ばれる野生のキノコが流通しています。
このキノコは十分に加熱した場合、特に問題は起きませんが、加熱が不十分だった場合、幻覚症状が現れると言われています。
そして興味深いのが、加熱不足のこのキノコで幻覚を見た人が、みんな似たような内容を報告している点です。
地元の病院の記録によると、このキノコで幻覚を見た患者の96%が、周囲で小さな人が踊ったり行進したりしているのを見たと訴えていることが報告されています。
また現地の大学教授がこのキノコを食べた際の詳しい報告をしています。彼はテーブルクロスの下に小さな人々が軍隊のように整列して行進している様子を見たと語っており、さらにその身長を測ってみたら2cmだったと具体的に報告しています。
このような小人が見える幻覚症状は、医学的に多くの報告があり、ガリバー旅行記のエピソードにちなんで「リリパット幻視(Lilliputian Hallucinations)」と呼ばれています。
そして今回の研究チームが、この「リリパット幻視」ついて過去の報告を調べたところ、中国だけでなく、世界各地で小人の幻覚を見るキノコが報告されているとわかったのです。
歴史を遡ると、1934年にパプアニューギニアの山岳地帯を調査していた人類学者らの記録が見つかります。そこでは、野生キノコを食べた現地人が「顔の周りに小さな人が見える」と騒いでいた現象が記録されています。
さらにフィリピンの原生林に暮らす先住民の間でも、小さな人が見える野生キノコの存在が伝えられています。
奇妙なのは、地理的に離れた異なる文化圏で、一貫して似たようなイメージの幻覚が報告されていることです。
視覚性の幻覚とは、視覚野などの脳の知覚ネットワークの働きに影響を与える化学成分によって、実際には無いものが「見えた」と処理される現象を指します。
例えば、マジックマッシュルームに含まれる幻覚成分シロシビンは、脳の視覚処理における意味づけの働きを変化させるため、色や模様を鮮やかに感じたり、逆に形がゆがんで見えたり、物に深い意味を感じたり、そこにいない人の存在を感じるなどの体験が報告されています。
ただ、このような一般的な幻覚体験では、本人の記憶、経験、宗教、文化的イメージに影響されるとされており、幻覚の内容は抽象的で固定されたイメージはありません。
そのため世界のどこへ行っても、「小人が見える」と共通した幻覚が報告されている事実は非常に興味深いのです。
そこで、研究チームは「キノコに何らかの共通する原因物質があるかもしれない」という仮説を立て、その実態を調査することにしました。
研究チームは、中国の市場、フィリピンの野生のキノコを採集し、DNAを抽出して、「全ゲノム(Whole genome)」を解読しました。
すると、中国の市場で売られていたキノコと、フィリピンの森で採集したキノコは、どちらも「ランマオア・アジアティカ(Lanmaoa asiatica)」という、同じ種類のキノコであることが判明しました。
つまり、離れた地域で共通して小人の幻覚が見えると言われていたキノコは、同じものだったのです。
さらに注目すべき発見は、このキノコのゲノムからは、既知の幻覚成分であるシロシビンやイボテン酸を作る遺伝子が見つからなかったことです。
この結果は、各地で人々が目撃している「小人の幻覚」が、既知の幻覚成分ではなく、未知の幻覚成分で起きている可能性を示唆しています。
ネット販売されているキノコも分析してみた
一般的なマジックマッシュルームなどの幻覚は、視界が歪んだり幾何学的な模様が見えたりする抽象的なものが大半です。
それに対して、ランマオア・アジアティカが引き起こす症状は、小人が動き回り、こちらの環境と相互作用しているように見えるという、具体的で立体的な映像が特徴です。
そのため、患者に共通する具体的な幻覚症状と、既知の幻覚成分と関連する「遺伝子」が見つからなかったという事実から、今回の研究は問題のキノコが人類にとって未知の幻覚成分を含んでいる可能性を示しました。
しかし、今回の研究は、そんな学術的な発見だけでは終わりませんでした。もっと身近な問題で驚くべき発見もしているのです。
「ランマオア・アジアティカ(見手青)」は、シイタケやエノキタケのように人工的に栽培することができません。その理由は、このキノコが「外生菌根菌(Ectomycorrhizal fungi)」であるためです。
外生菌根菌とは、マツタケやポルチーニのように、生きている樹木(マツやナラ・カシ類など)の根の周囲に菌糸を広げ、樹木と栄養をやり取りしながら共生するキノコを指します。
こうした種では、死んだ木を分解して育つ一般的な栽培キノコとは異なり、生きている木を必要とするため、工場などで人工栽培することが極めて難しくなります。
そのため市場に出回る「見手青」はすべて、地元のキノコハンターたちが森の中で一つずつ手作業で収穫した野生のものに限られるのですが、このキノコは非常に人気が高く、ネット上でも世界的に広く商業取引されています。
研究チームは、完全に野生に頼っているにも関わらず、流通量が非常に多いことから「本物のキノコが消費者に届いているのか」という新たな疑問を抱きました。
そこで、インターネット通販や現地の市場で「乾燥・見手青」として一般向けに市販されているパッケージを購入し、そのキノコのDNAを分析する追跡調査を行ったのです。
すると、市販のパッケージには、ランマオア・アジアティカではなく、外見がそっくりな別の「有毒キノコ」が含まれている場合が多いことが判明したのです。
これは販売者が意図的に詐欺を行ったというよりは、キノコが野生でしか入手できないため、採集担当が誤って別の有毒キノコを混入してしまった可能性が高いと考えられます。
人工栽培できないキノコの販売では、こうしたリスクが伴います。
今回の研究はキノコを遺伝子レベルで分析していたため、こうしたキノコ販売の実態も一緒に明らかにしたのです。そのため皆さんも野生のキノコの販売には十分注意した方が良いでしょう。
なお、今回の研究は、未知の幻覚成分が何なのかを特定したわけではありません。あくまで遺伝子解析によって、ランマオア・アジアティカには既知の幻覚成分は見つからないことを明らかにしただけです。
そのため研究チームは現在、このキノコから抽出した成分を細かく分け、マウスの行動変化を手がかりに、生理活性をもつ成分の特定を目指していますが、まだ明確な答えは出ていません。
もし、未知の成分が特定でき、どのような化学構造を持っていて、人間の脳のどの部分を刺激しているのかがわかれば、小人の幻覚がどのように起きるのかだけでなく、私たちがどのように外界を認識し、視覚的なイメージを生み出しているのかという神経科学的な謎にも迫れるかも知れません。
※見手青(中国語表記では「见手青」)には、青変性イグチ類を指す場合がありますが、本記事においてはL. asiaticaのみを指しています。
参考文献
Experts Explore New Mushroom Which Causes Fairytale-Like Hallucinations
https://nhmu.utah.edu/articles/experts-explore-new-mushroom-which-causes-fairytale-hallucinations
元論文
Phylogenomic systematics of Lanmaoa (Boletaceae) reveals cryptic diversity, resolves global evolutionary relationships, and suggests a novel psychoactive lineage
https://doi.org/10.1080/00275514.2026.2670968
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部

