
『風の谷のナウシカ』で、宮崎駿氏は監督、高畑勲氏はプロデューサーをつとめていた。画像は『風の谷のナウシカ』の場面カット (C)1984 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, H
【画像】「えっマジか」「ショックだったんだ…」これが宮崎駿・高畑勲による、作品の「相互評価」です(3枚)
「酷評」の裏には、深い真意があった?
宮崎駿と高畑勲。アニメ界の巨匠である、ジブリの2大巨頭だったふたりですが、高畑勲監督は2018年4月5日にこの世を去り、宮崎駿監督は2023年7月14日公開の『君たちはどう生きるか』を最後に、(現時点では)引退を表明しました。
さて、このふたりの関係は、はたから見ると実に不思議です。東映動画(現在の東映アニメーション)の若手時代に出会ったふたりは、間違いなく「盟友」ではありました。しかし、同時にライバルであり、あるいは宿敵のようでもあり、かと思えば師弟のようでもある、とらえ難い距離感を保ち続けたのです。
その不思議な距離感は、互いの作品に対する評価でも如実に現れます。あれほど一緒に作業しておきながら、互いの作品を容赦無く酷評することもしばしばだったからです。
例えば、宮崎駿氏のキャリアを決定づけた1984年の映画『風の谷のナウシカ』において、高畑氏はプロデューサーを務めました。のちの「スタジオジブリ」設立へとつながる、歴史的にも重要な作品です。この『風の谷のナウシカ』に対し、高畑氏は「30点」と、超辛口の評価を下したのでした。
もちろん、これは「宮崎駿の実力はこんなものではない」という遠回しな称賛でもあったのですが、これを聞いた宮崎氏本人は大いに傷つきました。
結果、宮崎氏はその「30点」発言が載っている雑誌を、思い切り引き裂いたのでした。宮崎氏にとって、いかに高畑氏の評価が重要であったかがよくわかります。
さて、この「30点事件」から30年近くが経過した2013年には『かぐや姫の物語』が公開されました。結果、これが高畑氏の遺作になりました。この映画に対する宮崎氏の評価はどうだったのでしょうか。
ジブリのプロデューサー鈴木敏夫氏のラジオ『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』の証言を聞く限り、これがどうにも芳しいものではなかったようです。
鈴木氏によると、関係者試写会において、宮崎氏はとある関係者が号泣しているのを見つけると、周囲に聞こえんばかりの声量で「この映画で泣くのは、素人だよ」と言ってのけたというではありませんか。鈴木氏も愕然とするほどの衝撃発言でした。
宮崎氏の初期長編映画『ナウシカ』を30点と評した高畑氏。
高畑氏の遺作『かぐや姫の物語』を、「この映画で泣くのは、素人」と評した宮崎氏。
ふたりの天才は、互いの作品の評価に対し、面白いほど対照的な構図を描いたのでした。
では、このふたりは互いのことを、あるいは互いの作品のことを、本当に評価していなかったのかといえば、そんなことはあろうはずがありません。
このことは2018年5月に執り行われた高畑氏のお別れの会にて、宮崎氏が声を震わせながら、高畑氏との思い出や功績を語ったことからも明らかです。
ふたりの間には、天才同士にしかわからない絆(きずな)がありました。その関係には、どこか美しさすら感じてしまうのです。
※参考書籍:『ジブリの教科書1 風の谷のナウシカ』(文春文庫)
