ニック・ヴァン・エクセルは、1990年代を代表するレフティーポイントガードの1人。1993年のドラフト2巡目全体37位でロサンゼルス・レイカーズから指名されてNBA入りすると、1年目から先発の座を掴んだ。
レイカーズでキャリア最初の5シーズンをプレーした185㎝・86㎏の小兵は、1998年にオールスター入りし、プレーオフ常連チームの司令塔を務め上げた。
もっとも、この男がアップダウンに見舞われたNBAキャリアを過ごしてきたことも見逃せない。1998年夏にレイカーズからデンバー・ナゲッツへ、2002年2月にはダラス・マーベリックスへトレード。さらに、その後も2度のトレードを経験し、計13シーズンをプレーした。
ヴァン・エクセルがキャリアハイの平均18.4点をマークしたのは、ナゲッツとマブズでプレーした2001-02シーズンのこと。ナゲッツでは先発として平均21.4点を叩き出していたが、チームはプレーオフ進出ラインには届かずに低迷していた。
そんな矢先、2月末に強豪マブズへトレードされた司令塔は、スティーブ・ナッシュの控えとなったが、シックスマンとして躍動した。
現地時間6月5日(日本時間6日)に公開されたポッドキャスト番組『Out The Mud Podcast』へ出演した際、ヴァン・エクセルはナゲッツからマブズへトレードされた当時をこう回想していた。
「エージェントから、ダラス移籍についてどう思うか聞かれたんだ。最初は『ダラス?』って思った。で、俺は『もちろんさ。ダーク(ノビツキー)やスティーブと一緒にプレーできるんだから、迷うことなんてない。行こうぜ』って答えたよ。それで、俺はオマケみたいな存在だったんだ」
当時のマブズはナッシュとノビツキー、マイケル・フィンリーを中心に、プレーオフ常連への飛躍を目指していた新進気鋭のチームだった。
レイカーズでプレーオフ経験を持つヴァン・エクセルの加入によって、選手層が増し、持ち前の爆発力も期待されていた。マブズに入団した当時をベテランガードは回想する。
「着陸するとすぐに、アメリカン・エアラインズ(アリーナ)へ連れて行かれた。小さなスウィートルームへ通されたんだ。試合はすでに始まっていて、スウィートルームにいる俺たち全員が紹介されたんだ。観客は大興奮だったね。『そうか、俺はリーグに戻ってきたんだ』って思ったよ」
ヴァン・エクセルがマブズでプレーしたのは約2シーズン。2002年はカンファレンス・セミファイナル敗退も、翌2003年にはカンファレンス・ファイナルへ進出し、同年のプレーオフでは平均19.5点、3.4リバウンド、4.1アシストに3ポイント成功率39.3%(平均2.2本成功)をマークした。
なかでも2003年のカンファレンス・セミファイナル第3戦では、サクラメント・キングス相手にプレーオフ自己ベストの40得点に7リバウンド、7アシストの大暴れ。30代を迎えながら、驚異的な爆発力を存分に発揮し、マブズのカンファレンス決勝進出を後押しした。
それまで、NBAチームで先発を務めてきたヴァン・エクセルが、マブズでナッシュの控えに回り、役割が大きく変わった中で復活を遂げたことは、本人にとっても印象的な瞬間だったのだろう。
文●秋山裕之(フリーライター)
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