映画『マジカル・シークレット・ツアー』が全国公開中です。
本作は、2017年に中部国際空港で主婦たちが【金の密輸】で逮捕されたという実際の事件に着想を得たオリジナルストーリー。二児の母、非正規雇用の研究員、そして妊婦―。一見、犯罪とは無縁そうに見えるものの、実はそれぞれに事情を抱えた3人が偶然出会い、金の密輸という秘密によって絆を深めていきます。3人のイリーガルな自分探しの旅が、一筋縄ではいかない現代を生きる私たちに新しい選択肢を見せてくれる、大注目の作品です。
本作の監督、脚本を務めた天野千尋さんに作品へのこだわりについてお話を伺いました。
──本作をとても楽しく拝見いたしました。2017年に中部国際空港で主婦たちが金の密輸で逮捕されたという実在の事件に着想を得たそうですが、興味深い事件ですよね。
ニュースを知った時、主婦のグループというところに興味を惹かれました。金の密輸を主婦のグループが計画したということにすごく意外性を感じて。当時、私自身も子供を育てる母親で主婦という立場だったのですが、主婦ってそんな大きな犯罪をしないだろうと、自分自身も勝手に固定観念を持っていたことに気づきました。裏切られたような感覚があり、すごく痛快だなって感じたんですよね。もちろん犯罪はダメなことなのですが、その痛快さが記憶に残っていました。
私自身も主婦だったということもあって、普段から「主婦ってこうだよね」という悪意のない決めつけの視線を感じていて、そのことに居心地の悪さがありました。だから逆にその固定観念を活かして、主婦たちが一見平和そうに集まって話しているだけかと思いきや、実は悪事を働いている…みたいなことがあったら面白いかも、というアイデアが湧いてきて。
家庭菜園と思いきや、実は大麻を育てていた…というアイデアも考えていたりしたのですが、例の金の密輸のニュースが繋がって。最初に感じた裏切りの痛快さみたいなところを膨らませたいなと思って作っていきました。
──金の密輸というものは、犯罪でありながら、ちょっと不思議な内容でもありますよね。
そうなんですよね。「金」というものを国から国に動かすだけで、何十万、何百万が手に入るって、それ自体が資本主義の不思議だなという感じもしました。企画を考え始めた時から、金の密輸が増加していて、そのリアリティを大事にしたいと思いましたので、密輸について取材経験のあるライターさんにお話を聞きましたし、あとは税関、財務省に行って取材を申し込みました。密輸の話なのでどこまで協力していただけるか分からなかったのですが、すごく丁寧に答えてくださって。税関では、実際にどの様に密輸を取り締まっているかなど詳しく教えていただきました。完成した映画も観ていただいて、和歌子たちが最初何回か密輸に成功してしまう展開を「リアルだなと思いました」と言ってくださいました。
──『ミセス・ノイズィ』(2020)でも、実際に私たちの周りで起こっている様な隣人トラブルをテーマに映画を作られていますが、いつもそうやってニュースを気に留めていらっしゃるのでしょうか。
いつも考えているわけではないんですけれど、映画の企画を考えている時に「あのニュースの背景には何があったんだろう」とか、ぼんやり思い出しながら、徐々に徐々に出来上がっていく感じです。メモをとったり、アイデアとして記録しておくというよりは、頭の中に留めておいたものがふと浮かんでくる感じです。
──和歌子、清恵、麻由の3人のキャラクター設定が素晴らしかったです。和歌子を中心に置いたのは、一見一番“普通の主婦”っぽいからでしょうか。
そうですね。企画の一番最初にあった「ごく平凡な主婦で、子供のことや家のことばかりを気にして生きてきた人が、その人から最も遠く見える犯罪に手を染めてしまう」という意外性を観た方にも味わってもらいたかったので、いわゆる平凡な二児の母である和歌子を中心に置きました。全く異なる3人が密輸を通じて仲良くなり、結託していく流れを作りたかったので、属性が全く違うキャラクターを作りたいなと思いました。
脚本の熊谷まどかさんと話し合いながら作ったのですが、麻由は和歌子と清恵よりは若くて、“目の前の貧困”に追われているキャラクターにしようと思いました。親の世代からの貧困が連鎖してしまっていて、切実に“今”お金が必要な子です。
清恵は、一見エリートで社会的地位が高そうな人物だけれども、本人は経済的に大きな問題を抱えていたり、雇用が安定していなかったり、和歌子と麻由とは違う世界にいるけれど困窮しているキャラクターにしたいなと思いました。
──清恵さんが抱えている「奨学金という名の借金」というのは、一番現代に多い経済的な悩みかもしれないですよね。
以前、私が大学の医学部の研究室でアルバイトをしていたことがあったんです。研究で使うショウジョウバエの餌を作るという不思議なバイトなのですが(笑)。その時に周りにいた研究者の皆さんが、「研究成果を出さないと、先の雇用先がどうなるか分からない」という任期付き雇用の方が多くて。「こういうアカデミックな世界にも、こんなにプレッシャーや苦しみがあるんだな」ということを目の当たりにしまして、清恵の人物設定はそこから生まれました。
──監督のご経験からだったのですね。内情を知らない私からすると、医学部で研究室にいると聞いたら、きっと稼いでいるのだろうと思ってしまいます。
有名大学の研究室だったのですが、かなりのストレスやプレッシャーを抱えているとお話されていました。この作品を作る時に改めてお話を伺った研究者の方は、「確かに私でも一歩間違えたら金を密輸しちゃうかも」と冗談で仰ってましたね。
──清恵さんがストレスからお酒や推し活に傾倒している、というのも納得の背景ですね。推し活の解像度も最高でした!
ありがとうございます、良かったです。私はめちゃくちゃ強い推しがいるタイプではないんですけれど、周りの友達から話を聞いたり。今回「NEON」というアイドルグループを架空で作っているのですが、一から曲も、ダンスも、MVも、グッズもたくさん作ってもらったんですね。美術部さんがすごく熱を入れて作ってくださって。感動するレベルのクオリティのものが出来たので、(劇中でNEONのファンである)黒木華さんも青木柚さんも、そのクオリティに熱を入れてくださったんじゃないかと思います。Tシャツのデザインも何種類かあって、もうどこかで全部お披露目したいくらいです。
──ぜひ、MVフルで拝見したいですね!密輸自体のハラハラドキドキの部分もすごくのめりこんだのですが、和歌子が家族や周りに「ちゃんと話を聞いてもらえない」というシーンが個人的にすごくショッキングで印象的でした。
本当ですか。それは嬉しいです。密輸のクライムサスペンスではありますが、主人公たちがどんな生きづらさを抱えていて、どういう風に変わっていくかというドラマを軸に描きたいなと思っていたので、そこを観ていただけたのは嬉しいです。
──和歌子のお母さんとかお兄さんも悪気は無いかもしれないですけど、話を何も聞いてくれないし、和歌子は子供の時からずっと自分の気持ちを抑えつけていたのかな…と。
和歌子は子供の頃から自分の意見や気持ちを主張するのが苦手な人なんだろうな、と思いながら作っていました。さらに、現状は仕事をしていなくて、子育てをして夫の稼ぎで暮らしている。立場が全てじゃないですけれど、そうやって肩身が狭い思いというか、生きづらさを感じている女性が世の中にはたくさんいるのではないかと思って、和歌子の気持ちを考えていました。
──和歌子たちの様な方が、今の社会にたくさんいるんだ、映画の外でも生きているんだと心から感じました。
私は映画作りにおいて、人間の“ねじれた部分”を描きたいなと思っています。矛盾だったり、すれ違いだったり、ネガティブな部分に興味があって、そこを掘り下げていきたい想いがありますし、本作もそうですが、そこから透けて見える社会を今後も描いていきたいなと思います。
──本当に素敵な作品と、素敵なお話をどうもありがとうございました!
(C)2026「マジカル・シークレット・ツアー」製作委員会
