
6月26日(金)に新宿武蔵野館ほか全国順次公開の映画「死神バーバー」。本作は「生きること」と「別れ」の意味を温かく描き出すヒューマン・ファンタジーだ。主演を務めるのは桜井日奈子。さらに、STARGLOWとしてデビューし「代々木ジョニー」では初主演を務めた日穏(KANON)をはじめ、岡部大、平井亜門、猪塚健太、美保純ら個性豊かな俳優陣が集結した。“死”という重いテーマを扱いながらも、少しユーモラスな空気感のある本作の魅力に迫る。
■“死神美容室”が生む切なくも温かなドラマ
物語の舞台となるのは、死を迎えた魂が冥土へ向かう前に訪れるという不思議な美容室「冥供愛富(メイクアップ)」。そこでは死神たちが美容師として働き、亡くなった人々を“お色直し”したうえで現世にいる大切な人と「本当の意味で最後の時間」を過ごさせる。魂が旅立つ前に、伝えられなかった言葉や想いを届けるという幻想的な設定が本作の魅力だ。
ヒロインの佐伯美帆(桜井)は、職場でも私生活でもストレスを抱えながら日々を過ごしていた美容師。ある日不慮の事故をきっかけにサクマ(日穏)に出会い、死神美容室へ連れていかれ、自身が数日後に死ぬ運命であることを知ってしまう。限られた時間の中で美帆は何を選び、誰と向き合うのか。
ファンタジー作品でありながら、描かれている感情は驚くほどリアルだ。「本当に大切な人に、日頃からきちんと言葉を伝えられているだろうか」と、観る者自身に問いかけてくるような作品になっている。
原案は当時学生だった梅木陽一が、授業の課題として提出した企画書。“少しでも明るく、死や別れと向き合う方法はないか”という想いから紡がれた同作を、新進気鋭のスタッフ陣が映画として描き出す。
■仕事もプライベートも上手くいかない・美帆(桜井日奈子)と真面目に変な死神・サクマ(日穏/KANON)
ヒロイン・美帆を演じる桜井は、近年さらに存在感を増している俳優の1人。ドラマ「人事の人見」や映画「殺さない彼と死なない彼女」など話題作への出演が続き、舞台でも活躍の場を広げている。
本作で桜井は、死を目前に突きつけられた女性の揺れる感情を繊細に表現した。彼氏や家族、仕事…誰にでもある“日常が少しずつ上手くいかない苛立ち”を感じながら過ごしていた美帆。そんな彼女はサクマたちとの出会いや人々の最期のひと時を見送る生活を通して、少しずつ変化していく。「いつか来る最後」に向き合うことでたどり着いた心境を、等身大の女性目線で演じた。
美帆と行動をともにするのが、日穏(KANON)演じる新米死神・サクマだ。彼が誤って死ぬ前の美帆を死神美容室「冥供愛富」へ連れてきてしまうところから、物語は動き出す。設定自体はシリアスであるにもかかわらず、どこか軽やかさやユーモアが見え隠れする同作。それは彼の整ったビジュアルと、死神歴1020年とは思えないサクマの人間臭い不器用さが生むギャップにある。
なにせ初登場の一幕からして、手を鎌に見立てた謎のポーズで「死神だ」と名乗るサクマ。端正な顔立ち、きちっとセットされたヘアースタイル、黒一色のシックなファッション…醸し出されるクールな印象を一気に崩す、謎に躍動感のある所作がサクマの持ち味だ。
さらに、冥供愛富のオーナーであり、サクマの先輩死神・クロダを演じるのは岡部大。後輩の思いもよらない大失敗をなぜかフォークダンスのスタイルで「いつも言ってるよね。注意一瞬、ミス永遠って!」と注意するシーンには、美帆ならずとも戸惑うはず。さらに後輩のフォローをしつつ、上級死神には頭が上がらないという絶妙な立ち位置のキャラクターが物語の空気を柔らかく支えている。
■“未練を抱えた人間”のおかしさ、愛おしさ
本作を手がけるのは映画「たまもの」や「つぐない 新宿ゴールデン街の女」、「れいこいるか」などの代表作で知られる、いまおかしんじ監督。人間の弱さや滑稽さを優しく見つめる作風が特徴の監督であり、本作でもその視点は健在だ。
いまおか監督が映画公式ホームページで語った「未練たらたらで死ぬ。アホだと思う。愚かとも思う。でも愛おしい」というコメントは、本作全体を象徴しているようにも感じられる。人は皆、やり残したことや伝えきれなかった想いを抱えたまま生きている。“死”を描きながらも、本作が見つめているのはむしろ“生”そのものなのだろう。
美帆は“本来”死ぬ5日前に冥供愛富へ連れてこられてしまった。しかし生前の仕事が美容師であったことから、奇妙な縁で冥供愛富の手伝いをすることに。そのなかで、「言いたいことがある妻」「コンビ解散したい漫才師」「コンカフェ嬢に貢ぐ中年男性」の最期を見送ることになる。
さまざまな人々の最期のおこないや言葉を通して自分の人生を見つめ直すなかで、美帆の心に訪れる変化。それはドラマティックでも、壮大なスペクタクルでもない。日々のことに精一杯で、他人の言動に傷ついて、努力することに疲れて…そうして“人を思いやれなくなっていた自分”に気づくことだ。
美帆は特別な主人公ではなく、当たり前にどこかにいる誰か。死神というファンタジーな存在を介しつつ、同作が描くのは極めて現実的な現代人の物語に他ならない。終わるタイミングがわかってからでないと気づけない大事なこと、しかし終わるタイミングがわかってからでは遅すぎることが人生には多すぎる。忙しさにかまけて放り出していた人、夢、時間に向き合いたくなる、同作はそんな映画だ。
決して大げさではない、小さな後悔や優しさを丁寧にすくい上げる「死神バーバー」。観終わったあとには大切な誰かに会いたくなる、そんな余韻を残してくれる。

