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【雑草プロの世界転戦記42】長年苦労してブレークした選手もいる。10年かけて100位になったハリスの例<SMASH>

【雑草プロの世界転戦記42】長年苦労してブレークした選手もいる。10年かけて100位になったハリスの例<SMASH>

25歳でテニスを始め、32歳でプロになった市川誠一郎選手は、夢を追って海外のITF(国際テニス連盟)大会に挑み続ける。雑草プレーヤーが知られざる下部ツアーの実情や、ヨーロッパのテニス環境、選手たちの取り組みについて綴る転戦記。

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 海外の選手がどのようにジュニアからプロのツアーに移行しているのか、そのキャリアパスを紹介するシリーズ。これまでエリート型選手に焦点を当ててきましたが、もちろんそれが全てではありません。

 世界のトップになる選手の多くが、ITFツアーからATPチャレンジャー、そしてATPツアーへと着実にステップを踏んでいきますが、早期に芽が出ないケースも当然多く、その中で苦労してブレークスルーしていく選手もいます。

 例えば、こちらの選手を見てみましょう。1995年生まれの31歳、ビリー・ハリス選手(イギリス)です。彼の年度末ランキングの変遷は以下のようになっています。

2015年(20歳)=1179位
2016年(21歳)=1116位
2017年(22歳)=650位
2018年(23歳)=727位
2019年(24歳)=909位
2020年(25歳)=808位
2021年(26歳)=547位
2022年(27歳)=331位
2023年(28歳)=201位
2024年(29歳)=125位
2025年(30歳)=125位

 主なトピックスを整理すると、2013年(18歳)にITFツアー初出場、2021年(26歳)にITFツアー初優勝、2025年(30歳)にチャレンジャー初優勝です。

 ジュニア時代の最高ランキングは139位。現在はジュニアトップ100位になると、ITFツアーの本戦から直接プレーできる“ジュニア枠”をもらえるので、100位近いということは、本戦枠ではないものの十分に予選では戦えて、プロの世界ランキングも獲得できるレベルと言えます。
  ですが彼はジュニア期にはプロツアーに参戦しておらず、キャリア形成は遅くなっています。ジュニアテニスとプロテニスではポイントの組み立て、戦術、メンタリティの成熟などで違いがあり、ジュニアからプロツアーに移行する段階で勝てなくなる選手は一定数います。ハリスも世界ランキングを獲得するだけで3年近い時間がかかっているのです。

 ジュニア期に活躍した選手がプロツアーで停滞すると、多くの選手が精神的に耐えられず、この段階で辞めてしまいますが、ハリスはツアーを回り続け、20歳で初めてランキング獲得。それでもさらに大きなブレークスルーはなく、デビューからITFツアーの初優勝まで8年も時間がかかっています。

 スポンサーもなく、自分でバンを運転してヨーロッパ各地を回り、車中泊しながら8年も転戦を続け、20代後半になってから上のカテゴリーのチャレンジャーに出場。そしてランキング初獲得から約10年後の2024年には最高位101位まで上げ、ついにグランドスラムに到達しています。

 この選手とは僕自身も何度も練習していますが、ある程度身体は大きいものの、下部ツアーの中でもショットや動きはスムーズではなく、技術的才能という点ではそれほど優れているとは感じませんでした。

 周囲からも、下部ツアーを突破できると思われていなかった印象ですが、諦めずに挑戦を続け、30歳でチャレンジャー初優勝の超遅咲き。昨年はウインブルドン本戦で2回戦に進んでいます。

 キャリア形成が遅くなり、さらに停滞が長くなっても、歩みを止めないことで道を切り開いた素晴らしい例と言えます。

文●市川誠一郎

〈PROFILE〉
1984年生まれ。開成高、東大を卒業後ゼロからテニスを始め、32歳でプロ活動開始。36歳からヨーロッパに移り、各地を放浪しながらITFツアーに挑んでいる。2023年5月、初のATPポイントをダブルスで獲得。Amebaトップブロガー「夢中に生きる」配信中。ケイズハウス/HCA法律事務所所属。

【画像】雑草プロの世界転戦記・ヨーロッパ各国の下部ツアーの風景

【画像】雑草プロの世界転戦記・ヨーロッパのジュニア大会情景集

【画像】雑草プロの世界転戦記・ヨーロッパ各国の国内大会やテニスコートの風景
配信元: THE DIGEST

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