『ミッシング』『空白』など、目を背けたくなるような感情にしっかり向き合う脚本を書き上げ、オリジナル映画を発表し続ける𠮷田恵輔監督。そんな𠮷田監督が中高生時代の思い出から物語を紡ぎ上げたのが映画『四月の余白』です。
本作は、対話だけでは難しい非行少年【澤海斗】を巡り、解決策を探る中学教師【草野冬子】が出会った非行少年・少女を対象とする全寮制の更生施設の施設長【西健吾】の運営方針と、非行少年だった【西健吾】の過去との対峙も綴る現代社会の教育についての問題提起にもなっています。そんな作品で主人公【西健吾】役に抜擢されたのが、ドラマ「サンクチュアリ -聖域- 」で主演を務めた一ノ瀬ワタルさん。そして【草野冬子】先生役には、𠮷田恵輔監督のたっての希望で夏帆さんが務めています。
今回は、非行少年にとことん寄り添う役を演じた一ノ瀬ワタルさんと夏帆さんに、映画のテーマを語らってもらい、ご自身の仕事との向き合い方についてもお話を伺いました。
――初めて脚本を読んだ時の感想を教えてください。
一ノ瀬 やっぱり題材が“すごいな”と思いました。答えが出ないというか、自分もこの題材に対しての興味というか、そこが一番最初にありました。難しい題材を見事に𠮷田監督が物語として描いていると思いましたね。
夏帆 脚本を読んでいて、𠮷田監督からの「これってどうなの?」「これってどう思う?」というような色々な問いを、こちらが問いかけられているような気がしていました。脚本を読み終わった後に「ハァ~ッ」となり、凄く色々と考えましたし、誰かと話したくなりました。脚本を読んで、自分なりに色々なことを考えて、それを“誰かと話したい”と率直に思ったんです。それはきっと映画を観て下さったお客さんもそういうふうに感じて下さるのではないかと思います。
一ノ瀬 確かに。この映画を観た知り合いや関係者の方たちから、「これ、難しい題材だよね。何が正解なのか‥‥」って言われたりして、彼らが感じた疑問をたくさん聞かれるんです。
夏帆 ですよね。多分、人それぞれに違うと思うんです。
――夏帆さん演じる教師の【草野冬子】の立場であったなら、さすがに手に負えない問題児と言われる少年達への対応として、一ノ瀬さん演じる更生施設の所長【西健吾】を頼るのは理解できてしまうんです。対話だけではどうにもならない。
夏帆 どうにもならない。凄く難しいですよね。教師の立場としては対話以上のことができるわけではないですし、でも目の前にいる子どもを見ていてどうすることも出来ないということが凄く歯がゆいし、本当に“どうしたらいいんだろう?”と。
――今回の役は、ご自身の中で感情移入というか、理解しやすかったですか。
夏帆 そうですね。共感というか、理解という意味では凄く気持ちはわかります。本当に私は【冬子】のことを“頑張れ!”と思いながら演じていました。【冬子】はギリギリのところで心が折れそうになりながらも“それでも”と食いしばり、凄く一生懸命に生徒と向き合おうとしていたので。
――一ノ瀬さんはいかがですか。【西健吾】役は一ノ瀬さん以外を考えられませんでした。
一ノ瀬 ありがとうございます。“【西】は俺に任せておけ”という絶対的な自信が、実は自分の中でもありました。作品の中にも色々と出てきますが、更生施設の卒業生とのシーンなどは、結構響きましたね。ネタバレになるので言えないのですが、最後に子ども達と会うシーンも胸に響きました。あのシーンは演じていても辛かったです。【西】として辛かった。どうしようも出来ないというか‥‥。
――それだけご自身の感情も溢れていたんですね。
一ノ瀬 【西】を演じるうえで、感情移入していたんだと思います。
時代が【西】を許してくれないということがありますから。この作品のキャッチコピーが『ひとは変わることができるのか。ひとはひとを変えることができるのか。』というだけあり、あのシーンはまさにそれを問うような難しいシーンだったと思います。このテーマは本当に観る人によって気持ちが変わると思います。
夏帆 そうですね。【冬子】さんは、凄くいい台詞を沢山言うんです。印象に残っている台詞はたくさんありますが、【西】さんに鳥小屋の前でちょっと吐露する昔の教え子の話とかは、“そうだよな”と色々と身につまされるものがありました。
一ノ瀬 いいシーンでしたよね。
夏帆 “教師って本当に大変だな”と思います。
――今回の役を演じるにあたってリサーチとかされたのですか。
一ノ瀬 いろんな方に話を聞きました。中でも面白かったのは、制作部に、小学校の教諭をやっていらっしゃった人が居たんです。その方は教師として働いている中、「私は何も社会を知らない。学校を卒業して次の学校に行って学び、そして学校に就職する。学校の中で完結していて、社会を見たことがない」と思って、教師を辞めて色々な仕事をされたあと、この映画のスタッフとして入られたんです。「色々な社会経験を積んでから、また学校の教師に戻ろうと思う」と話されていました。その方と話をしていたら「言葉ではどうしようも出来ない子どもたちは絶対に居て、その子達を教える時に【西】さんみたいな人が居てくれると助かる」と言ってくれたんです。“【西】みたいな人生を歩んで来たからこそ、教えられることもきっとあるんだろうな”ということはその話で思いました。リサーチというか、その方とは色々なお話をしました。
夏帆 私は友人に教師をやっている人が居るので、話を聞いてみたりしました。あと教育に関するドキュメンタリーを探して観たり、本を読んだり、最初にそうやって調べたりしました。それとドラマや映画で先生が登場する作品も観ました。実は教師を演じるのは、今回が初めてだったんです。だからちょっと怖いというか、ちゃんとできるかな?という不安もあって、現場に入る前に凄く緊張感がありました。
――リサーチした中で、どれが一番印象に残りましたか。
夏帆 色々、勉強になりましたが、それこそ今の教師の労働環境のドキュメンタリーは驚きました。しかも教育って本当に終わりがない、正解が見えないですし、かと言って業務が沢山あって、自分たちが思っている以上に重労働というか、今は色々と問題視されて、改善されてはいると思いますが。やっぱり大変な現場ですよね。
――この映画では、更生施設長【西】との出会いで変わった子ども達も出てきます。お二人はこれまでの人生で「この人の話を聞いて人生観とか考え方が変わった」という人は居ますか。
夏帆 よく転機になった出来事、作品、人は?と聞いて頂くんですが、私の場合は「この人のこの言葉で」というよりも、色々な人や作品との出会いの積み重なりで徐々に変化している気がします。
――そんな経験の積み重ねで、演技を続けられている理由は何でしょうか。
夏帆 何ですかね。演技を“面白い”と思っているんだと思います。
凄く好奇心を刺激されるというか、それが一番、私が仕事に対してやりがいを感じていることです。俳優という仕事を通して新しい人と出会える機会も多いですし、新しい場所に行くことも多いです。その役を通して知らない世界を知ることができる。常に好奇心を刺激されていて、それが一番やっていて楽しいと思っています。あと人と一緒にモノを作ることは、素敵なことだと思っています。演技を通して、“新しい何かを知りたい”みたいなところです (笑)。
一ノ瀬 自分の場合は何人かいますね。ターニングポイントになった人というのが。今回、夏帆さんと共演して夏帆さんの儚さとかも自分の中では勉強になったし、それこそ問題児の【澤海斗】を演じた上阪隼人くんのあの雰囲気にも凄く影響を受けました。そんな出会いの中で、強いてひとりあげるとしたら‥‥自分は16歳の時に高校を辞めて東京に来て仕事をしながらキックボクシングをやっていたんです。でも練習してもなかなか上手くいかなくて、彼女が出来たら練習にも行かなくなったんですよ。これじゃダメだと思って、その時に沖縄のジムに内弟子というシステムがあって、そのジムの先生が「仕事しなくていいけど、朝から晩まで練習だよ。お前が、このきつい練習の環境に耐えられると思うのなら来い」と言われたんです。もちろん携帯電話も持てないし、外出も禁止です。本当に映画に出てくる全寮制更生施設「みらいの里」みたいというか、そんな感じの過酷な環境に自分は行くことにしたんです。そこの先生ですかね。一番、影響がデカかった存在と聞かれるとここの先生、安里支部長という方との出会いは、大きかった気がします。
――どんなことを教えてくれたのですか。
一ノ瀬 最初は鬼のような練習ですよ。それこそトイレにも行けないんです。黒崎建時さんという空手家の方がいらっしゃって、その流れをくむ練習方法だったんです。麻の袋に砂鉄を入れて、その麻の袋をずっと殴るんですけど、これを1000発ほど殴ると、骨が見えてるんじゃないかというぐらい皮膚がめくれてくるんです。そうなってくると先生が、「その痛みが人を強くするんだ」と言いながら、そこに塩を塗り込んでくるんですよ。つまり麻袋を殴ること自体に意味があるというよりは、精神を凄く鍛えてくれるんです。ただこの話だけ聞くと凄く怖い先生に見えるかもしれませんが、めちゃくちゃ優しいんです。安里支部長はこれまで自分が出会った中でトップ3に入るぐらい優しい先生なんです。【西】にちょっと似てますね。そのジムには少年空手の道場も併設されてたんです。少年空手に来る子どもの中には【海斗】みたいなグレた子もいて。一緒に来たお母さんの顔面を急に殴るような、“本当にこいつ将来大丈夫か?”みたいな子が、そこに通うと更生していくんです。自分が見ている限り、100発100中、皆が更生していくんですよ。あそこでの修行は、自分の中で凄くデカかった気がします。
――その経験がこの映画でも活かされているのですね。
一ノ瀬 活かされていたらいいですね。
映画初主演となった一ノ瀬ワタルさん。撮影中は【西健吾】でいることを心掛けて、集中力が途切れないようひとりになるようにしていたそうです。ご自身の経験から「対話だけで人は更生できるのか」という映画のテーマに対しても、日頃から興味を持っていたとのこと。そんな一ノ瀬さんがクランクアップの打ち上げで、スタッフや俳優に挨拶をして回っている姿を見た夏帆さんは、「なんて誠実な方なんだろう」と思ったそう。そう聞くと、この映画の【西健吾】を一ノ瀬さんが演じるのは、“なるべくしてなった”ことであり、運命にさえ感じるのでした。
取材・文 / 伊藤さとり
撮影 / 奥野和彦
映画『四月の余白』
元半グレで元受刑者の過去を背負う西健吾は、海の見える地方都市で全寮制更生施設「みらいの里」を運営している。実体験を糧に道を踏み外しかけた子供たちに体当たりで向き合うが、体罰も辞さない更生方針は教育関係者から批判されていた。ある時、中学教師の冬子から手に負えない生徒の海斗と、鑑別所帰りの悠について相談を受ける。2人に会った西は、一瞬で海斗の狂気を見抜いた。激しい家庭内暴力に疲れた母も息子を「みらいの里」に託すと決意するが、海斗は施設でも寮生とトラブルを起こして脱走。さらには傷害事件で逮捕されてしまった。西は海斗の父から責め立てられた。若い頃、西にリンチされ、左脚に障害が残ったというのだ。記憶のない過去と向き合う西にできる贖罪は、海斗を更生させることだけ。「ひとは変われる」と信じて新たな取り組みに踏み出すが‥‥。
監督・脚本:𠮷田恵輔
出演:一ノ瀬ワタル、夏帆、上阪隼人、篠原篤、占部房子、山﨑七海、和田庵、髙田万作、松木大輔、小沢まゆ、パトリック・ハーラン
配給:アークエンタテインメント
©2026 N.R.E.
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