相手のショットがネットを叩くと、彼はその場に倒れ込み、頭に手を当て空を見ていた。
6月29日に本戦が開幕する、テニス四大大会のウインブルドン(イギリス・ロンドン)。その予選決勝で望月慎太郎(世界ランキング150位)がクレマン・タビュール(フランス/191位)を1-6、7-5、2-6、6-3、6-1で破り、3度目となるウインブルドン大会の切符をつかみ取った。
「予選を勝ち上がれるとは思わなかった。試合をしたくない時期もあったし、今回も出ずに帰国するのもオプションとしてあった」
歓喜の勝利から、約30分後。落ち着きはらった表情と口調で、望月が打ち明けた。
今季は開幕から早期敗退を繰り返し。ツアーのみならず、ATPチャレンジャー(下部大会)でも、なかなか勝てない日が続いた。自信を失い、それでも「得意とする芝のコートに行けば、何か変わるのでは」と、かすかな希望を抱き望んだグラスシーズン。だがその初戦で、日本の島袋将(89位)に敗れた。翌週のATP250大会予選では、地元オランダの806位の選手に敗れる。
「テニスどうこうというより、気持ち的に、試合をするのが怖かった」
それが、わずか2週間前の望月の現在地だった。
それでもウインブルドン会場を訪れれば、彼の中の『テニスの記憶』が呼び覚まされただろうか。予選会場は本戦とは異なるものの、いたるところにロゴがあしらわれ、この場所がテニスの聖地へと続いている事実を演出する。望月にとってウインブルドンは、16歳だった7年前に、ジュニア部門で優勝した思い出の地。初めて出たグランドスラム予選も、予選を突破し本戦に勝ち上がったのも、そして本戦初勝利を手にしたのもウインブルドンだ。
芝の上をボールが滑るこのコートでは、望月の瑞々しい感性が生きる。カウンターを深く打つや迷いなくネットに詰め、時に柔らかなボレーを沈め、時にアクロバティックなスマッシュを叩き込む。水を得た魚のように、望月は芝の上を跳ね、予選決勝へと勝ち上がった。
この大会が誇る伝統と権威ゆえだろうか。ウインブルドンは四大大会の中で唯一、予選決勝が5セットマッチで行なわれる大会でもある。その予選決勝で望月は、第1セットを1ゲームしか取れずに失った。対戦相手のタビュールは、十分な望月対策を講じてきただろうか。巧みな配球でボレーを封じ、第2セットもタビュールが先にブレーク。流れを完全に掌握したかに見えた。
ただこの試合は、5セットマッチだ。まだ先は長く、そして望月には5セットのフルセットを過去に3度戦った経験がある。
序盤で劣勢に立たされた時も、「2セットを取られたとしても負ける訳ではない」と、どこかで気持ちに余裕があった。第2セットの5ゲーム目をブレークした頃から、徐々に自分らしさも取り戻す。
「少しずつリターンを返せるようになってきた。結果的にネットに出るかどうかはその時の選択だが、気持ちは前に行くように心がけた」
第2セットを逆転で奪ったことが、この試合最大のターニングポイントだったと望月は見る。第3セットは取られるも、「相手が良かったので仕方ない」と割り切った。第4セットを手にした時には、心身のスタミナ面でも、望月が上回っていることは明白だったろう。
「以前は体力面の不安もあったが、今日はしっかり戦えた。5セットの戦いができた気がします」
戦い慣れたこの地で復活を遂げられたのは、経験の集積があるからこそだ。
相性や経験と並びもう一つ、今大会ではコート内外で望月を支えた存在がいる。それが家族だ。兄とその友人、そして母親が家を借り、連日、食事を作ってくれているという。
「もちろん何を食べるかにも気を使いますが、僕的にはそれ以上に、一緒に時間を過ごせることがうれしい。オフの時間が充実しているのは大きいと思います」
家族のサポートも背に受けて、芝の申し子が『聖地』へと帰還する。
現地取材・文●内田暁
【動画】望月が5セットを戦い切り逆転勝利を飾った「ウインブルドン2026予選決勝」ハイライト
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