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日活ロマンポルノから花開いた“情念”の女優・宮下順子 迫力、儚さ、静けさ、熱さをすべて兼ねそなえた演技の粋を振り返る

日活ロマンポルノから花開いた“情念”の女優・宮下順子 迫力、儚さ、静けさ、熱さをすべて兼ねそなえた演技の粋を振り返る

「女優は語る 宮下順子 前編」
「女優は語る 宮下順子 前編」 / (C)衛星劇場

女優・宮下順子の特別番組「女優は語る 宮下順子 前編」が、7月2日(木)にCS放送「衛星劇場」で放送される。番組では映画評論家の樋口尚文がインタビューする形式で、宮下がデビューのきっかけや過去の出演作の制作秘話について詳細に語るという。日活ロマンポルノの看板女優として広く知られるきっかけを得た宮下。だが今日までその人気を支え続けたのは美貌だけではなく、見る人を惹き込む確かな演技力にある。代表作を見つめ直しながら、改めて宮下順子という女優の真髄を深掘りしていく。

■女優・宮下順子の軌跡

1971年にデビューを果たした宮下は、日本映画史において特異な存在感を放った俳優だ。彼女が活動を開始した1970年代初頭はテレビの急速な普及に伴い、映画館への観客動員数が減少の一途を辿っていた。このような厳しい業界環境の打開策として、日活は成人向け作品…いわゆる“ピンク映画”への製作方針変更を決断している。

宮下はこの新しい映画制作の潮流の中で、俳優としての才能を開花。「女優は語る」のなかで宮下は、成人映画への出演について「ホントに不思議なんです、私も。なんでやったのか」と語っている。まだ20代前半という若さ、金銭的に追い詰められていたわけでも、どんな手を使っても女優になるという熱い想いを持っていたわけでもない。ただ「とにかく毎日がつまらなかった」という気持ちが、宮下に女優の世界を歩ませた。

彼女のデビュー作「私はこうして失った」では、ホテルも楽屋もなくビルの一室でスタッフとキャスト全員雑魚寝をして撮影に挑んでいたという。ロケにおいても人払いをすることはできず、周りの目を意識してほんの少しの演技がなかなかやり遂げられなかったと明かしている。

低予算で制作する映画の厳しい撮影環境を身をもって味わった宮下。さらに完成した映像を映画館で見た時は、「自分なんだこれが」「自分はこういうことやってんだ」と演技をしていた感覚と表現の差に驚きがあったという。しかしそれで宮下の心は折れなかった。さらに作品を見たプロデューサー・黒澤満から日活ロマンポルノへの出演を打診され、より女優として熟成を果たしていく。

その後「雲霧仁左衛門」(1978年)、「ダイナマイトどんどん」(1978年)でブルーリボン賞助演女優賞を、「赫い髪の女」(1979年)で報知映画賞主演女優賞を受賞。さらに「美しい夏キリシマ」(2003年)、「アントキノイノチ」(2011年)、「さらば あぶない刑事」(2016年)といった名作映画に出演するなど、日本に欠かせない名女優の1人に。

演技力で認められる女優として大成できた理由は、彼女が演じてきた“役柄の幅”に見えてくる。

■喜劇からシリアスまで枠組みを超越する表現力と実績

宮下が演じる役の広さを示す実績はさまざまあるが、特に挙げたいのが「ダイナマイトどんどん」だ。1978年に公開された同作で宮下は、荒々しい男たちの集団の中で独特の落ち着きと大人の華やかさを持つ女将役を29歳とは思えぬ迫力で演じた。

主演は菅原文太、北大路欣也や嵐寛寿郎らが脇を固めた同映画。北九州を舞台にヤクザ同士が大規模な抗争を繰り広げているなか、警察署長の提案で“野球大会”で決着をつけようという試みが始まる。

野球上手な渡世人を集める橋伝組に対し、素人の寄せ集めとなった岡源組の斬り込み隊長・加助(菅原)は「野球なんちゅうもんな、アレは“タマ遊び”。ガキのやるこったい」と乗り切れない。

そこに喝を入れたのが、宮下演じる女将・お仙。組の将来がかかっているという場面でも本気になれない加助へ、お仙は「アンタ野球はね、男のスポーツよ。男が命がけでやる勝負よ」と声をかける。ヒステリックな叱責でも涙を武器にした哀願でもない。芯が一本通った人間の、たおやかな説得だった。

それから女将が出所を待っていた橘銀次(北大路)が現れたのをきっかけに、彼女を想っていた加助はやり場のない力を野球にぶつけ始める。加助が持ち前のパワーと機転でコミカルに物語を進めるなか、お仙と銀次のこじれた関係、そして加助の三角関係も見どころとなる。

銀次が橋伝組に寝返ると聞いた際、説得も聞かぬと見たお仙が仕立て下ろしの着物を贈るシーン。震える声でしつけ糸を切る背中の切なさには、演技を超えた魂が宿っていた。

■極限状況で言葉を排して描き出す独自の女優像

宮下のより深淵な演技を掘り下げる上で、音声表現を極端に絞った1979年公開の実験的な映画「地獄の蟲」は避けて通れない。同作は極限状況に置かれた人間の心理と根源的な欲望を、冷徹な視点で描き出す。舞台は江戸末期の福島。宮下は悪徳高利貸し一家八人を殺し、千両箱六個を奪うという凄惨な事件を起こした盗賊の首領の情婦・お登代を演じた。

事件を起こした黒雲団十郎(田村高廣)率いる一味は、追手から過酷な逃避行を続けていく。しかし飢えと千両箱を背負って歩くことによる疲れ、そして奪った金の分け前を巡って、いつしか仲間内で激しい摩擦が起こり始める。

人間の内面に潜むエゴイズムや抑えきれない暴力性を浮き彫りにする逃避行という極限状態。悪人同士とはいえ、もとは“頭と手足”の関係だったはずの面々だ。しかし追い詰められていくなかで理性が一枚一枚剥がれていき、ここより後はないという悪人同士の人間関係でも崩壊していく。

同映画は「ニュー・サイレント映画」として製作された挑戦的な作品で、カラー映画が当たり前になった1979年にあえて「役者の声は乗せず、セリフは字幕で表示」という演出に踏み切った。

もともと1938年に製作された同映画が検閲によって改定を強いられ、それを不本意としていた稲垣浩監督の監修のもと、新たに山田達雄監督が41年の時を経てリメイクしたのが「地獄の蟲」。「無声映画こそ映画の原点であり、トーキー映画にはない面白さがきっと再確認されるだろう」という信念のもと、画面は白黒かつ音楽と効果音のみを収録した。制作の経緯や用いられた技法などから、スタッフが同作にかける熱い想いが感じられる。

セリフを乗せられない無声映画は、俳優にとって一切のごまかしが効かないある意味で非常に残酷な表現手法だ。声のトーンやセリフの抑揚ではなく、表情や目線といった視覚的な情報のみで観客を説得しなければならない。宮下はそこに挑戦することを決め、見事並みいる俳優陣にも負けない存在感を示してみせたのだ。

悪を為し、極限まで追い詰められて初めて気づく本当の人の心。最後の最後…ついに追い詰められた団十郎は赤子を抱えた長吉(松山省二)を逃がす際、過去の過ちに囚われて嘆く彼を「負けたんだ。わるい世の中に――」「だからお前は生き抜いて、勝つんだ!」と血を吐くような言葉で送り出す。そこにはニュー・サイレント映画でこその迫力と、胸を打つ重さが宿っていた。そしてそんな男に最後までついていくと心に決めたお登代の眼差しの強さ。女優として培ってきた“女の情念”を、これ以上なく表現しきった宮下の代表作の1つと言っていいだろう。

衛星劇場では「順子ときめく 艶と技の名花 宮下順子傑作選」と題した特集を放送。7月2日(木)朝8時30分から「ダイナマイトどんどん」を皮切りに、同日朝11時から「女優は語る 宮下順子 前編」を放送。さらに3日(金)深夜1時30分から「四畳半襖の裏張り(R-15版)」、6日(月)深夜1時45分から「赫い髪の女(R-15版)」、9日(木)朝8時30分から「地獄の蟲」がそれぞれオンエアされる(※いずれも別日時のリピート放送あり)。

続く8月には、「女優は語る 宮下順子 後編」をはじめ、「わるいやつら」「赤線玉の井 ぬけられます(R-15版)」「実録 阿部定(R-15版)」「濡れた週末(R-15版)」の放送が予定されている。

日活ロマンポルノのスターにしていまなお最前線で活躍し続ける女優・宮下順子。彼女の軌跡をこの機に振り返り、改めて日本を代表する女優の実力を目に焼き付けておきたい。


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