猫のように身体をかがめ、ベースラインの内側に大きく踏み込むと、ボールに飛びつきリターンを鋭く打ち返す。滑るように低く弾むボールに差し込まれたか、相手のショットはネットの真ん中辺りを叩いた。
テニスの四大大会「ウインブルドン」(イギリス・ロンドン)本戦勝利は、昨年に続き2度目。ただ今季はここまで、ツアーレベルでは勝ち星なしという苦しい戦いが続いていた。それでも望月慎太郎(世界ランキング151位)は、淡々と勝利を静かに噛み締める。スコアは6-3、6-0、6-0。試合時間は1時間42分。まさに完勝である。
対戦相手のマックス・ベイジング(イギリス/同329位)は、望月と同様に予選を勝ち上がった23歳。2人は同世代だが、望月は「全く相手のことは知りませんでした」という。
ただ今回の顔合わせに、どこか運命めいたものは感じていた。望月は、先月の全仏オープン予選と2週間前のノッティンガムチャレンジャーで、いずれもスイスのレミー・ベルトーラ(同187位)に敗れている。その天敵のベルトーラを、ウインブルドンの予選決勝で破ったのが、ベイジングだ。
「コーチたちとも、このスイス人(ベルトーラ)とだけは対戦したくないなって話していて。そこに勝った選手と当たったので、これはラッキーだと思うようにしました」
相手に関する情報はほとんどなく、試合前に「動画を見ることもしなかった」という。「自分のプレーに集中する」。それこそが、望月の調整法だった。
同年代にも関わらず相手を全く知らなかったのは、ベイジングのキャリアと望月の足跡が交錯することがなかったから。ベイジングは10代からラファ・ナダルアカデミーを拠点としたが、ジュニア時代はそこまで突出した戦績はなかった。そこでアメリカのスタンフォード大学に進学。プロとしては、まだまだ新参者の部類だ。
試合序盤の望月が、相手の出方を探るようなプレーに終始したのは、そのような背景によるところが大きいだろう。さらには「吐きそうなほどに緊張していた」とも望月は打ち明けた。それでも最初のゲームを5度のデュースの末にブレークした望月が、3ゲーム連取に成功。ただ直後のゲームをブレークされ、ゲームカウント3-2となった。
カウンターパンチャーの望月にとって、「相手のボールが遅い」ことはむしろマイナス材料だ。その中でサービスからの展開を構築し、「(ゲームカウント)4-3の自分のゲームをキープできたところ」が大きかったと振り返る。そしてそのターニングポイント以降、望月は一つのゲームも落とすことなく、一気にゴールまで走り切った。
この試合に限らず、望月は「スタッツやデータはあまり見ない」という。ツアーきっての戦略家の言葉としてはやや意外だが、それは彼が数字にとらわれることなく、自分の感性を信じるからだろう。
「数字から入っても、しょうがないかなと正直思っています。例えばファーストサーブを入れようと思って入れても、それが良いのかと言ったら、そうではないと思う。もちろん確率が高い方が良いは良いですが、そのために何をすべきかは、数字を気にしてやることではないと思うので」
確かにこの日のスタッツを見れば、望月のファーストサービスの確率は41%と高くない。ただファーストサービス時のポイント獲得率は78%と高く、セカンドサービスでも56%を維持。加えて彼の試合には、無機質な数字には表れない、望月ならではのリズムや世界観がある。
数字は気にしないという望月だが、「サービスエースが多かったかなと思った時などは、確認するために見ることはある」という。
今日は、その日だったのだろう。はたして奪ったエースは3本。ただそれ以上にうれしかったのは、ダブルフォールトがなかったことだった様子。
「ダブルフォールトがなかったと思うので......、そこはちょっとびっくりですね。はい」
正直な言葉と共に、柔らかな笑みがこぼれた。
時に本人も驚くほどの意外性こそが、望月の魅力。感性の赴くままに、芝のコートを軽やかに駆けていく。
現地取材・文●内田暁
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