1960年公開の東宝特撮映画『ガス人間第一号』を、現代日本を舞台に全8話のドラマシリーズとしてリブートしたNetflixシリーズ「ガス人間」。小栗旬、蒼井優、広瀬すず、林遣都、竹野内豊に加え、俳優デビューとなるUTAが“ガス人間”を演じる本作は、ヨン・サンホが脚本、片山慎三が監督という日韓クリエイターのタッグでも注目を集めている。本レビューコラムでは、社会派サスペンス、アクション、ラブストーリー、VFX、そして画面の隅々にまで仕掛けられたユーモアに着目しながら、『ガス人間』がなぜ“新時代のエンタメ”と呼ぶべき作品なのかを読み解く。
遡ること約2年前――2024年8月に制作発表されたNetflixシリーズ「ガス人間」。『ゴジラ』の生みの親である本多猪四郎監督による1960年公開の特撮映画『ガス人間第一号』を、現代日本を舞台にしたドラマシリーズへとリブートした本作は、情報解禁直後から7月2日の配信開始を目前に控えた現在に至るまで注目の的となり続けている。脚本を手掛けるのは『新感染 ファイナル・エクスプレス』やNetflixシリーズ「地獄が呼んでいる」のヨン・サンホ。そして『さがす』や「ガンニバル」の片山慎三監督が全8話を丸ごと一人で監督した。
日韓の辣腕クリエイターによる夢のコラボレーションという意味でも、東宝とNetflixの初タッグという側面でも、さらにはIPビジネスの重要性がますます叫ばれる現代に「変身人間シリーズ (東宝が1950~60年代に発表した『透明人間』『美女と液体人間』『電送人間』『ガス人間第一号』(1960) 等のジャンルの総称)」を蘇らせるという企画力においても、象徴的な一作となった。さらには、小栗旬、蒼井優、広瀬すず、林遣都、竹野内豊といった豪華キャストに加えて本作で俳優デビューを飾る新星・UTAがタイトルロールのガス人間を堂々と演じきっており、あらゆる面において話題に事欠かない。
その「ガス人間」のあらすじはこうだ。報道番組の生放送の最中に、出演者が突如として身体が膨張して浮き上がり、そのまま爆死する前代未聞の大事件が発生。捜査に駆り出された刑事・賢治(小栗旬)は、事件の当事者であり元恋人の報道記者・京子 (蒼井優) と再会。時を同じくして、事件の犯人・ガス人間を名乗る謎の男 (UTA) が各メディアに犯行声明を出し、「ホワイトセンターに関わる人物を一人ずつ殺害する」と予告。賢治と京子は、それぞれの立場から事件の真相を追っていく。ホワイトセンターとは何か、ガス人間の目的はどこにあるのか、そして凶行を食い止められるのか――やがて2人は、日本全土を揺るがす衝撃的な事実に辿り着いてゆく。各エピソードが約40~60分強、全8話と、地上波テレビドラマのワンクールぶんほどのボリュームで、サスペンスフルかつ予測不能な物語が展開していく。余談だが筆者は本作のオフィシャルライターを務めており、初めて物語の全容を知ったのは脚本だった。テキストだけでは想像しきれない部分も多かったが、ぐいぐいと引き込まれて一気に読んでしまったことをよく憶えている。
「ガス人間」はそうした《純然たる物語の面白さ》と、決してストレートには映像化しないドライブ感――ウィットが効きまくった《魅せ方の独自性》が融合した作品といえるだろう。ただ度肝を抜かれるのではなく、視聴者が思わず笑ってしまうようなユーモアや遊び心が全編に仕掛けられている。先述したあらすじだけでは極めてシリアスなドラマという先入観を抱くかもしれないが、切れ味鋭い社会派サスペンスの要素は内包しつつも、アクションありラブストーリーありヒューマンドラマありのエンタメ大作に仕上がっているのだ。例えば第1話の冒頭、テレビ局に到着した京子が急いでスタジオに向かい、収録が始まり、生放送中に対談相手が爆死し、飛散した血液が顔にかかり肉片が辺りに飛び散るまでの一連の流れはショッキングなものだが、視聴者に心地よい違和感を抱かせるような妙に「面白い」要素が巧妙に配置されている。スピーディなカット割りで視聴者を掴みながらも、昨今なかなか見られないズームアップやどこか懐かしく耳に残る劇伴といったクラシカルな雰囲気を入れつつ、かと思えば荷物の台車にカメラを乗せたショットや鏡越し&スタジオの窓越しに京子を見つめる技ありのカットで“新旧感ごちゃまぜの撮り方”で楽しませてくれる。そして、京子の後ろでスタッフが「ヤバいっすよ~結構ヤバいっすよ~」とちょこまか動いていたり、キューを出すADが妙に“クセ強”だったりと、ある種の良質な《ノイズ》がごまんと盛り込まれており、陰惨なシーンでもどこかユーモラスだ。
これこそが片山監督の“味”といえるが (全話を一人で手掛ける異例のチャレンジによって、統一感がもたらされているのも重要なポイントだ)、特筆すべきは、それらが決して本筋より前に出ることはないように緻密に計算されていること。つまり、遊びの数々が全くうるさくないのだ。先述した第1話冒頭にはじまり、賢治たち刑事が大真面目に捜査に向かうなかでナンパしている職員が登場したり(何度か登場するのが笑える)、約1年半をかけて交渉と準備を行い、東京駅前を封鎖して撮影された前代未聞のカーアクションでは台本にはない「ヨガをするグループ」越しに映すなど、視聴者が「なぜこの要素を足したんだよ! (笑)」とニヤニヤとツッコミながら見られるサブウェポン的要素がスパイスとして効果を発揮している。過去と現在を行き来する複雑な物語を紐解いていく《読み込む面白さ》、ド派手なシーンの数々にハイセンスな撮影手法、完成度の高いVFXによる《目が喜ぶ没入感》、そして画面の隅々にユーモアをまぶした《瞬間的な笑い》――この三拍子そろった作品は (特に日本製の映像作品としては) 非常にレアで、「ガス人間」独自の強力な武器になっている。
本作は脚本制作に足かけ4年、撮影期間はのべ8カ月、クランクインの約1年半前からVFXチームが動き出し、ガスの表現を開発するなど、異例尽くし。通常、これほどの時間や労力、資金を費やしたら手堅く見せる思考――よく言えば王道、悪く言えば“安パイ”なアプローチになってしまいそうなものだが、いわゆる「置きに行く」意識は一切感じられない。現場で思いついたアイデアをどんどん投入するという片山監督のスタイルも寄与しているだろうが、キャスト陣の芝居も、そしてキャラクターたちも新しさと躍動感に満ちており、出番の大小に関わらず各人がなんとも生き生きとしているのだ。物語だけでなく、映像やキャラに対しても「飽きさせない、最後まで観たくなる」魅力が行き届いている。
個人的にではあるが――こうした大胆さ、「大舞台で遊ぶ」チャレンジ精神は、漫画やアニメーションに通じるようにも感じられる。思えばヨン監督はアニメ畑出身のクリエイターであり、第4話では「いきなり新キャラがメインに躍り出る」漫画的な手法を発案した (これからご覧になる皆様においては、ぜひ楽しみにしていただきたい) が、「ガス人間」を観ているときの「こう来たか!」というワクワク感は自分の中で漫画やアニメの観賞体験に連なるものであった。例えば『劇場版 チェンソーマン レゼ篇』は、静と動のコントラストが原作から大幅に強調され、アクションシーンは目で追えないほどアニメーターや演出家たちの個性がスパークしていた。直近の作品でいえばTVアニメ「日本三國」も然り。ビギナーが敬遠しそうな歴史もののハードルを、キレッキレの演出でカバーしていた。こうした作品群の画面越しに伝わってくるのは、奇をてらってやろうとか、攻めてやろうという打算的なものというよりも、作り手たちの「楽しむ姿勢」であった。
確固たる強度を構築したうえで、全編にわたってとにかく遊び倒す気概――怖さの中に洗練された「笑い」をフュージョンさせる方法論は、『WEAPONS/ウェポンズ』や『オブセッション 災愛』、或いは『バックルームズ』といった直近の人気ホラーとも通じており、「ガス人間」には、新時代のエンタメにおけるヒットの条件とニーズが詰まっている。配信前とのことでネタバレを避けるため具体的な言及は極力行わなかったが、7月2日の配信日以降は、ぜひ細かい部分まで堪能いただき、個々人がグッとくる《面白ポイント》を探求いただきたい。
文 / SYO
作品情報
Netflixシリーズ「ガス人間」
1960年に公開された東宝の伝説的特撮映画『ガス人間第一号』(監督:本多猪四郎、脚本:木村武)を原作としながら、日韓トップクリエイターの手によって現代の視点で再構築された「完全オリジナルストーリー」のリブート作品。
監督:片山慎三
脚本:ヨン・サンホ
原作:『ガス人間第一号』(監督:本多猪四郎/脚本:木村武)
出演:小栗旬、蒼井優、広瀬すず、林遣都、UTA、竹野内豊
2026年7月2日(木) Netflixにて世界独占配信
作品ページ ガス人間
