
人が誰かを傷つけようとするとき、普通なら恐怖や罪悪感といった「心のブレーキ」が働きます。
ところが、計画的に殺人を実行する人では、このブレーキに関わる脳領域に違いがあるのかもしれません。
米ペンシルベニア大学(Penn)の研究では、公判前の殺人者の脳をMRIで調べたところ、計画的な殺人を行った人ほど、感情処理に関わる扁桃体の体積が小さい傾向が示されました。
詳細は、2026年5月13日付の学術誌『Aggression and Violent Behavior』に掲載されています。
目次
- 殺人者の脳に「感情のブレーキ」の違いはあるのか
- 「冷静に計画された殺人」ほど扁桃体が小さかった
殺人者の脳に「感情のブレーキ」の違いはあるのか
犯罪行動を脳だけで説明することはできません。
しかし、人が暴力を思いとどまるとき、脳の感情処理や意思決定の仕組みが関わっていることも確かです。
研究チームが注目したのは、脳の奥深くにある「扁桃体」と、目の上あたりに位置する「眼窩前頭皮質」です。
扁桃体は恐怖や危険の学習、情動反応に関わる領域であり、眼窩前頭皮質は行動の結果や罰、報酬を判断する領域とされています。
研究対象となったのは、中国・江蘇省の参加者87名です。
そのうち37名は殺人で司法精神鑑定を受けていた公判前の被拘禁者で、残る50名は同じ地域の非暴力対照群でした。
なお、殺人者群に統合失調症の診断を持つ人が多かったため、対照群にも非暴力の統合失調症患者が含められ、この影響は統計的に調整されています。
データは2002〜2003年に収集されたものですが、公判前殺人者を対象にした構造MRI研究としては、現在でも非常に珍しい資料です。
研究では全員に構造MRIを行い、外側・内側眼窩前頭皮質と、左右の扁桃体の体積を調べました。
また、司法精神科医はPCL-Rという尺度でサイコパシー傾向を評価し、殺人者については警察記録や家族の報告も踏まえて、犯行がどれほど計画的だったかを4段階で評価しました。
その結果、殺人者群では対照群と比べて、外側眼窩前頭皮質の体積が4.9%小さく、扁桃体の体積も5.9%小さいことが分かりました。
一方で、内側眼窩前頭皮質には有意な差はありませんでした。
では、この脳の違いは、殺人の「計画性」とどのように関係していたのでしょうか。
「冷静に計画された殺人」ほど扁桃体が小さかった
今回の研究で特に注目されるのは、殺人者を「計画的だった群」と「主に衝動的だった群」に分けた分析です。
その結果、計画的に殺人を行った人では、衝動的に殺人を行った人に比べて、扁桃体の体積が14.3%小さいことが示されました。
扁桃体は、恐怖や罰を学習し、危険な行動を避けるための感情的ブレーキに関わると考えられています。
そのため、扁桃体の体積低下は、危険や罰を予測して行動を止める仕組みの弱さと関係している可能性があります。
また、殺人者群の中では、サイコパシー傾向が高い人ほど左右の扁桃体体積が小さく、特に冷淡さ、感情の浅さ、後悔の乏しさといった感情面の特徴との関連が強く見られました。
さらに重要なのは、殺人者群と対照群の扁桃体の差は、サイコパシー傾向を統計的に調整すると消えたことです。
つまり今回の結果は、殺人者群に見られた扁桃体の小ささが、サイコパシー傾向によってかなり説明できることを示しています。
ただし、これはあくまで集団レベルの関連であり、脳の体積だけで個人の行動を予測できるわけではありません。
また対象者は87名と比較的小規模で、中国・江蘇省のサンプルであるため、他国や他文化の集団にそのまま一般化するには慎重さが必要です。
それでもこの研究は、計画的な暴力の背後に、感情や罰への反応に関わる脳の構造差が関係している可能性を示しました。
神経科学と法科学の両方に重要な手がかりを与えたのです。
参考文献
Cold-blooded planning of a murder is linked to reduced amygdala volume
https://www.psypost.org/cold-blooded-planning-of-a-murder-is-linked-to-reduced-amygdala-volume/
元論文
Reduced amygdala and lateral orbitofrontal volumes in pre-trial murderers: The role of psychopathy
https://doi.org/10.1016/j.avb.2026.102160
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

