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「着る服がない」悩みは、深い心理不安のサインである可能性

「着る服がない」悩みは、深い心理不安のサインである可能性

Credit:Generated by gemini.google,ナゾロジー編集部

クローゼットに十分な衣服はあるのに「着る服がない」「自分に合うものがない」と感じたことはありませんか。

一見すると、それは単なる優柔不断やファッションの悩みに見えるかもしれません。

しかしこの感覚は、もっと深い心理的な不安と関係している可能性があります。

中年期の女性を対象とした新しい研究では、服の選択肢に満足している人ほど、幸福感が高い傾向にあることが判明。

反対に、「着る服がない」と感じている女性は、人前に出ることを避ける「社会的回避」が高くなっていました。

つまり「着る服がない」という悩みは、クローゼットの中身の問題ではなく、「今の自分が社会に出ていくための姿」を見つけられないというアイデンティティの問題なのかもしれません。

研究の詳細は、ロンドン芸術大学(UAL)により、2026年3月24日付で学術誌『Journal of Macromarketing』にオンライン掲載されています。

目次

  • 「着る服がない」は、アイデンティティの不安と関係?
  • ファッション市場から見放されている感覚も問題に

「着る服がない」は、アイデンティティの不安と関係?

「着る服がない」という言葉は、しばしば軽く扱われます。

なぜなら、実際にはクローゼットの中に服が何枚も入っていることが多いからです。

しかし、この言葉が意味しているのは、必ずしも「服が一枚もない」ということではありません。

むしろ、「今の自分にしっくりくる服がない」という感覚に近いものです。

若い頃は自然に着られていた服が、ある時期から急に似合わないと感じられることがあります。

少し派手すぎる、若すぎる、地味すぎる、体の線が出すぎる、逆に形がぼやけすぎると感じることもあります。

この違和感は、単なる服選びの迷いではありません。

それは、年齢、体型、仕事、家庭環境、社会的な立場が変わっていく中で、「今の自分をどう見せればいいのか」がわからなくなる感覚でもあります。

研究チームは今回、英国在住の中年女性252人を対象に、服の選択肢への満足度、幸福感、加齢不安、外見不安、社会的回避などを調査。

その結果、服の選択肢への満足度は、幸福感を有意に予測する要因であることが示されました。

また、この関係の一部は、社会的回避によって説明されました。

つまり、服に満足できない女性ほど、人前に出る場面を避けやすく、その回避が幸福感の低さと結びついていたのです。

このモデルは、中年女性の幸福感のばらつきの約19%を説明していました。

これは「おしゃれをすれば幸せになる」という単純な話ではありません。

服は、外見を飾るためだけのものではなく、私たちが社会に出ていくときの心理的な足場にもなっているということです。

たとえば、服が体に合わないと感じると、人は自然と自分の見た目を意識し始めます。

服を直したり、体型を気にしたり、人からどう見られているのかを考えたりします。

その意識が強くなると、本来なら会話や仕事や楽しみに向かうはずだった注意が、自分の外見に向かってしまいます。

そして、その不快感が強くなると、「今日は行かなくてもいいか」と外出そのものを避けるようになる可能性があります。

この意味で、「着る服がない」という悩みは、ただの衣服の問題ではなく、社会参加のしやすさに関わる問題なのです。

ファッション市場から見放されている感覚も問題に

研究では、服選びで困る点についても自由記述で尋ねています。

そこで多く挙がったのが、サイズ、フィット感、スタイルでした。

今の体に自然に合う服がないこと、自分の年齢や生活に合うデザインが見つからないこと、若すぎる服か老けて見える服のどちらかになりやすいことが問題になっていました。

また調査では、この世代の女性たちが、デザイナー、メーカー、小売業者から見落とされていると感じていることも示されています。

ここで重要なのは、服への不満をすぐに「自分の体型が悪い」「センスがない」と考えないことです。

もしかすると問題は、本人ではなく、市場の側が中年女性の現実を十分に想定していないことにあるのかもしれません。

ファッション市場は、長いあいだ若さを中心に作られてきました。

その結果、中年女性は「若い人向け」の服にも、「高齢者向け」の服にも完全には当てはまらず、その間で宙ぶらりんになりやすいのです。

若々しくありたいけれど、若作りには見られたくない。

きちんとしていたいけれど、堅苦しくは見られたくない。

魅力的でいたいけれど、頑張りすぎているようには見られたくない。

こうした矛盾した期待の中で、服選びは単なる買い物ではなく、「自分は社会の中でどう見られてよいのか」という問いになっていきます。

だからこそ、服が合わないことは、心にも影響します。

自分に合う服が見つからないと、人前に出ることそのものが少しずつ重くなります。

誘いを断る、イベントを先延ばしにする、職場や集まりで落ち着かない、写真に写ることを避けるなど、小さな回避が積み重なっていきます。

一つひとつは小さな出来事でも、それが続けば生活の範囲は狭まっていきます。

ただし、この研究は横断的なアンケート調査であり、因果関係を証明したものではありません。

つまり、「服に満足できないことが幸福感を下げる」と断定できるわけではありません。

もともと幸福感が低い人ほど、服にも不満を感じやすい可能性もあります。

それでもこの研究は、「着る服がない」という日常的な悩みの裏に、外見不安、加齢への不安、社会的回避が隠れている可能性を示しています。

これは、ファッションの話であると同時に、社会が中年女性をどのように見ているのかという問題でもあります。

服は、ただ体を覆う布ではありません。

自分が今どのような人間で、どのように社会に出ていきたいのかを支える道具でもあります。

だから、自分に合う服が見つからないことは、単なる買い物の失敗ではなく、「今の自分に合う居場所が見つからない」という感覚につながることがあります。

「着る服がない」という悩みは、見かけよりもずっと深いものなのかもしれません。

参考文献

Having ‘Nothing to Wear’ Means More Than You Think
https://www.psychologytoday.com/us/blog/the-clarity/202606/having-nothing-to-wear-means-more-than-you-think

元論文

Invisible Women: The Relationship Between Satisfaction with Fashion Clothing Choices and Well-Being in Middle-Aged Women
https://doi.org/10.1177/02761467261429834

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

配信元: ナゾロジー

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