“ボヨヨ〜ン”のフレーズでおなじみのめおと漫才コンビ「かつみ♥さゆり」。夫・かつみが交際当初から抱える多額の借金を夫婦一丸となって返済し続けてきたことがたびたび話題となっている。20歳でかつみと出会ってからこれまで36年間、夫を懸命に支えてきた妻・さゆりが、苦しいなかでも笑いの絶えない夫婦生活を振り返る。〈前後編の前編〉
消費者金融8社を自転車操業、最大43件の支払先……さゆりの最も辛かった時期
今年の3月に結婚30周年を迎えた「かつみ♥さゆり」。そんな2人が出会ったのは1989年、さゆりが20歳の時だった。しかし、かつみは交際当初から投資の失敗により1億7000万円という多額の借金を背負っていた。
「私は当時20歳で、1億円超えの借金の重さがまだたいして分かっていなかったと思います。90年に入ってバブルが崩壊した後、さらに借金は4億7000万円にまで膨れ上がりましたが、それでもかつみさんは私の前で明るく振る舞っていました。
『俺はまだあんなこともこんなこともしたい』、『自分の稼ぎだけで絶対借金返し切るから』と、夢を語りながら覚悟を話すかつみさんにズキューンとやられたんです。
そこから私は“何があってもかつみさんのそばにいて、彼を助けてあげたい”と強く思い、結婚に至ったわけなんです」
かつみは昼間の芸人の仕事に加えて、深夜から朝方までアルバイトなど別の仕事も掛け持ち。1時間だけ仮眠して芸人の仕事に向かう日も多かったという。そんなかつみの一生懸命な姿に、さゆりは心打たれたのだとか。
こうしてかつみの苦難を“愛の力”で乗り越えようと決意したさゆりだが、思わず弱音をこぼした時期もあった。
「いちばん辛かったのは、かつみさんと交際して初めて実際に“借金の重さ”を突き付けられた時ですね。
同棲したての頃は、玄関ポストに毎日山のように督促状が届き、借入先からも毎日ひっきりなしに電話がかかってくるような状況でした。そしてその頃、かつみさんが仕事に行っている間に、私が代わりに返済手続きをするために銀行を回っていたんです。
でもとにかく借入先の銀行が多すぎて1日かけて回るのがやっとといった感じで、私も若い時は金融の知識がほとんどなかったので、もう訳が分からなくて……(笑)。
最初はただかつみさんに言われるがまま返済手続きを手伝っていたんですが、まずは現在の借金の状態を把握したほうがいいと思って、カレンダーの裏側に借入先の金融機関とそれぞれの借入額、電気代やガス代など月々にかかる生活費の支払額をすべて書き出す作業をしてみました。
すると、消費者金融8社を自転車操業状態、そのほかもろもろの支払先が合計で43件もあることがわかって……。こうして借金の全体像を把握、整理するのに1年くらいはかかりましたが、そこで初めて事の深刻さが理解できましたね」
さらに月1回のかつみの給料日には毎回“生きるか死ぬか”の命運がかかった試練が……。
「毎月25日が吉本興業の給料日だったんですけど、かつみさんの給料が振り込まれて30分後くらいには借金の引き落としによって残高がゼロになってしまうんですよ。
そのため朝早くから銀行の前に並び、シャッターが開くと同時に窓口へ猛ダッシュして、その月の必要な食費や生活費を急いで引き出していました。毎月の給料日は“生きるか死ぬか”がかかったまさに“決戦の日”だったんです」
スーパーではいつももやし売り場に直行し、ほかの食材に目移りしないように意識していたと語るさゆり。しかしそんな苦しい節約生活のなかでも、2人は自然と暮らしを楽しむ視点を持っていた。
「ほぼ毎日蒸したもやしにポン酢をつけて食べるという食事だったんですけど、安い食材で作った料理にあえて“高級そうなメニュー名”をつけるというのに当時ハマっていました。
例えば、もやしを蒸しただけの料理には“高級もやしのせいろ蒸し”というメニュー名をつけるとか、限られた食事でもなんとか楽しもうとしていた気がします」
実は最大借金額は12億円……“ノストラダムスの大予言”の年に起きた悲劇
高金利の借入先が多く、返済にかなり苦労したと語るさゆり。特に消費者金融の借金を返済し終えた時は、まるですべての借金を返し終わったかのような達成感があったという。
「カレンダーの裏側に書き出した“借金一覧表”を日々見ながら、返済し終わった借入先に“花丸”をつけることがモチベーションでした。
この花丸を付ける作業がけっこうメンタル的には大事な作業で、花丸が増えていくごとに借金返済が楽しみになっていきました。あれは私の中で“大発明”ともいえるほどモチベーション維持に役立った取り組みでしたね」
そうして苦労しながらも着々と返済を続けていたある日、とんでもない“悲劇”が2人に降りかかった。
それは当時話題となっていた終末論「ノストラダムスの大予言」がささやかれた1999年7月のことだった。
「かつみさんが、実は彼の父親の3人目の愛人の子どもやったんです。それでかつみさんのお父様は実業家で結構有名な方だったそうですが、かつみさんとはあまり関わりがないまま、亡くなったんです。
お父様が亡くなって10年経った頃、身に覚えのない京都の銀行からの督促状がうちに届きました。その額なんと10億円。
最初10億円もらえる知らせかと勘違いしてぬか喜びしてしまったんですが、よくよく見たら督促状やったという(笑)。もう信じられんくて、開いた口が塞がりませんでしたよ。
この督促状はなんだったのかというと、生前かつみさんのお父様が保証人になっていた会社が倒産し、お父様が亡くなってしまったためにその子どもたちに請求が来たという経緯でした」
もともと返済していた借金残額2億円に加えて、10億円もの借金を背負うことになってしまったかつみとさゆり。それと同時期にはこんなことも。
「かつみさんが当時組んでいたお笑いコンビ『どんきほ〜て』の相方さんから突然解散を申し込まれたんです。
どんきほ〜ては関西では売れっ子コンビとして活躍していたので、先行きが一気に不安になりました。この10億円の借金とコンビ解散が10日間くらいの間に立て続けに起こったので、まるで私たちにピンポイントにノストラダムスの呪いが降りかかったんじゃないかと思うくらいでしたね(笑)」
その後、窮地に陥ったかつみは、吉本興業の会長に助けを求めたという。
「かつみさんは会長に“借金なんとかしてください!”と必死に頼み込んだみたいですが、会長からは“そうか、頑張れ!”と一言だけ返ってきたそうで(笑)。
借金を肩代わりすることはできないと言われましたが、その代わり会長は吉本の顧問弁護士の方を紹介してくれました。
その弁護士さんのおかげで、かつみさんに返済義務はないということが証明できて、なんとか10億円の借金をなくすことができたんです。
再び元の2億円の借金の状態に戻ったわけですが、前よりも気持ちが軽くて。2億円という数字は以前と変わりませんけど、12億円という借金を背負ってからだと、『2億円も返せそう!』って、なんだか強気で前向きな気持ちになれたんですよね」
後編へつづく
取材・文/瑠璃光丸凪(A4studio)

