初登場時に会場の驚嘆を呼んだ『着物テーマ』の白装束も、今では見慣れた光景となった。1回戦は3番コートで、2回戦が2番コート、今回の3回戦は1番コート。戦いのステージが高くなるにつれ、試合が組まれるコートのグレードも高くなる。
「まだ一度も勝ったことがない」というナンバー1コートに姿を現した大坂なおみ(世界ランキング14位)は、身にまとう華美な羽織を、さほど気に留める風もない。彼女の意識はまっすぐに、コートに向けられているようだった。
テニス四大大会「ウインブルドン」(イギリス・ロンドン)の3回戦。そこは彼女が過去3度到達し、だが一度も突破したことのない壁。対戦相手は、現在のランキングこそ65位だが、ツアー8勝、キャリア最高8位を記録する実力者のダリア・カサキナ(オーストラリア)。大坂にとっては、今大会の最初の試金石だ。
大坂の研ぎ澄まされた集中力は、最初のゲームから可視化された。高い確率で高速サービスを叩き込み、ストロークを深く打ち込んでいく。ラブゲームでキープすると、続くゲームは目の覚めるようなウイナー2連発でブレーク。その後も軽快な足運びでベースライン上を駆け、フォア/バックの両翼から深く鋭いストロークを打ち込んでいく。瞬く間に5ゲーム連取し、第1セットは6-1。第2セットも早々にブレークし、その差をキープしたままゴールラインまで走り抜ける。
5本のサービスエースに対し、ダブルフォールトはゼロ。ウイナーは25本で、エラーは13。試合全体の走行距離でも、フットワークが武器のカサキナを上回る。あらゆる面で相手を凌駕した、1時間5分の完勝劇だった。
先月の全仏オープンに続き、ウインブルドンでも自身初の3回戦突破。くしくも、と言うべきだろうか。4回戦で彼女を待ち受けるのも、全仏オープンと同じ相手だ。その選手とは、アリーナ・サバレンカ(ベラルーシ)。2年近くに渡り、WTAランキング1位に君臨する女王である。
サバレンカと大坂は、いずれも28歳の同世代。初対戦は8年前の全米オープン4回戦に遡る。大熱戦の末に、勝利をつかみ取ったのは大坂。勝者はコート上で大粒の涙を流した。この勝利で初めてグランドスラム・ベスト8への扉を押し開けた大坂は、そのまま頂点へ駆け上がる。後に大坂はこのサバレンカ戦を、「キャリアのターニングポイント」に挙げていた。
この時の対戦が一つの分岐点となったのは、サバレンカにしても同様だったという。
「あの試合のことは、すごく良く覚えている」と、世界1位が述懐した。
「すごく気持の整理が難しい試合だった。確か第3セットでは、私が先にブレークしたはず。あの時、私たちはお互いに『台頭する若手』で、次世代の担い手だと思われていた。
あの試合に勝った方が、優勝とまでは言わなくても、決勝に勝ち進むチャンスがあると感じていた。当時の私にとって、決勝進出だけでも驚くほどに凄いことだったから。だからこそ、試合中にも考えすぎてしまい、勝ちきれなかったのだと思う。負けた瞬間、『彼女は優勝するだろうな』という予感めいた思いが頭をよぎった」
その時の敗戦の痛みは、実際に大坂が優勝する姿を目にした時に、さらに鈍く疼いたという。
この全米優勝からわずか数カ月後、大坂は全豪オープンをも制し、世界1位まで上り詰めた。対してサバレンカは、その後も2年間以上、グランドスラム4回戦の壁に苦しむことになる。それでも壁を叩き続け、2023年の全豪オープンでグランドスラム初戴冠。一方で大坂はその間、メンタルヘルス問題や出産も経験し、ツアーを長く離れた時期もあった。それら浮き沈みを経て、今の彼女は世界の14位である。
2018年の初対戦以降、2度目の対戦が実現するまで、実に8年の年月を要した。2度目の対戦は、今年3月のBNPパリバオープン。次が5月のマドリード・オープンで、直近が先月の全仏オープン。それら3試合の勝者は全てサバレンカだが、いずれも激しい鍔迫り合いだったのは間違いない。
「初対戦から2度目まで、こんなに長く対戦がなかったなんて、驚きね!」
目を丸くし声をあげるサバレンカは、笑みを浮かべながらこう続けた。
「私と彼女は、それぞれ大きく異なる道を歩んできた。お互いに、選手としても人としても、大きく成長したと思う。本当に素晴らしいライバル関係よね」
2018年の初対戦は、確かに異なる文脈で、各々のターニングポイントとなった。ただそれから8年経った今、グランドスラム優勝回数は4で並ぶ。全豪2度、全米2度の内訳まで同じだ。
2人が狙うのはいずれも、初のウインブルドン優勝。もしかしたら8年前と同様に、4回戦での今年4度目の対決が、それぞれのターニングポイントになるかもしれない。
現地取材・文●内田暁
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