
国内組主体だからこそ、他国にない武器がある。“26人全員が戦力”のエジプトが悲願の16強進出。アルゼンチン戦でも世界を驚かせるか【W杯】
[W杯ラウンド32]エジプト 1(4PK2)1 オーストラリア/7月3日/ダラス・スタジアム
現地7月3日に行なわれた北中米ワールドカップのラウンド32。エジプト代表は、PK戦までもつれ込んだオーストラリアとの激闘を制し、悲願のベスト16進出を果たした。
世界的な注目は、どうしてもモハメド・サラー(リバプール)とオマル・マルムシュ(マンチェスター・シティ)の二枚看板へ向かう。しかし、今大会のエジプトを「サラーのチーム」「マルムシュのチーム」と表現するだけでは、その本質を見誤ることになる。
今大会の登録メンバー26人のうち、国外クラブでプレーする選手はわずか9人。残る17人はアル・アハリ、ザマレク、ピラミッズ、ZEDといった国内クラブの所属選手たちで構成されている。
アフリカの強豪国を見渡せば、多くの代表が欧州をはじめ国外クラブでプレーする選手を数多く擁している。それに対し、エジプトは国内リーグの選手を土台に世界のベスト16まで勝ち上がってきた極めて珍しいチームだ。
その事実を誰よりも理解しているのが、ホッサム・ハッサン監督である。
「もちろん、エジプト代表にはヨーロッパの強豪クラブでプレーする選手がもっと増えてほしいと願っていました。しかし、現状では国内の選手を頼りにせざるを得ません。ただ私には、プレーする準備ができており、意欲に燃えている26人の選手が揃っています」とハッサン監督。現実を率直に認めながらも、決して悲観していない。
国内組が多いからこそ、このチームには他国にはない武器がある。アル・アハリやザマレクを中心に、長年ともにプレーしてきた選手たちは守備ブロックの形成、ラインコントロール、球際での連動、セカンドボールへの反応まで高い完成度を誇る。
日常から築かれてきた連係が、そのまま代表にも持ち込まれているのである。オーストラリア戦でも、その組織力は際立っていた。
エジプトは単純に自陣へ引きこもるだけではなく、守備ではコンパクトな陣形を維持しながら相手へ圧力を掛ける時間帯も作り出した。ハッサン監督も「試合時間の90%ほどは、我々が主導権を握っていた。守備の構造やコンパクトな陣形という点で非常に良いプレーができた。ボール保持やパス回しによって試合を支配していた」と振り返り、組織的な戦いに手応えを示した。
柔軟な采配も見せた。前線の選手に異変を感じると、試合中にプランを修正。「何かがうまくいっていないと感じ、いくつかの変更が必要だと判断した」と指揮官が語るように、選手交代やシステム修正をためらわなかった。その背景にも“26人全員が戦力”という考え方がある。
「状況は一瞬で変わり得る。だから26人全員が準備している」(ハッサン監督)。国内組中心だからこそ誰もが役割を理解し、途中出場でも迷いなくチームへ溶け込める。この一体感はエジプト最大の財産と言える。
そして、PK戦ではハッサン監督のマネジメント能力が光った。選手たちに掛けた最後の言葉は実にシンプルだった。
「プレッシャーのことは考えるな。ただ、自分のキックだけを考えろ」
歓声も、ゴールキーパーも、勝敗も忘れ、一つのプレーだけに集中する。その言葉が極限状態にあった選手たちの心を落ち着かせ、歴史的勝利へと導いた。
指揮官はまた、自国の指導者への誇りも隠さなかった。「私たちは互いに信頼し合っています。自国の指導者も、自分たちの能力も信頼しています」と自負する。さらに「セネガル、モロッコ、そしてエジプトは、この大会でその実力を証明してきた」と語り、アフリカの指導者が世界でも十分に戦えることを示したいという思いものぞかせた。
ベスト8進出を懸けた次の相手は、前回王者アルゼンチン。戦力差を考えれば、自分たちは圧倒的な挑戦者であることに変わりはない。
しかし、ラウンド32でカーボベルデが示した戦いは、エジプトにとって大きなヒントになる。カーボベルデはアルゼンチンを相手に延長戦の末に2-3で敗れた。ただ、中央を締めるコンパクトな守備、人数を掛け過ぎない鋭いカウンター、そしてセットプレーで勝負する姿勢は、エジプトの持つ強みとも一致している。
120分を戦った疲労を回復させたうえで、守備は中央のスペースを徹底的に消す。そしてボールを奪えば、サラーとマルムシュへ素早く預ける。決してボール保持率を競わず、少ないチャンスを確実に仕留める。
さらに高さを活かしたセットプレーで一撃を狙う。それがアルゼンチン相手にジャイアントキリングを起こすための現実的なシナリオだろう。
試合後、ハッサン監督は「このワールドカップでエジプトの人々が残した足跡は記憶に留められるでしょう」と語り、エジプト国民だけでなく、アラブ諸国やアフリカ諸国、そしてパレスチナの人々へも勝利を捧げた。
エジプトはサラーとマルムシュの力で勝ち上がってきたわけではない。国外組はわずか9人。それでも国内リーグで磨かれた組織力、自国の指導者への揺るぎない信頼、そして26人全員で戦うという哲学によって世界を驚かせている。
その“エジプトらしさ”を最後まで貫くことができれば、アルゼンチンを相手にしても再び、世界を驚かせる可能性は決してゼロではない。
取材・文●河治良幸
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